2019、5、5       復活節第3主日礼拝      牧師 川﨑善三

「見ないで信じる者」                ヨハネ20:19~29

 エマオへ行く途中のふたりの弟子は、よみがえられたイエスさまに出会いました。

ふたりは、すぐに立ちあがってエルサレムに帰りました。他の弟子たちはユダヤ人を恐れ

て、自分たちのいる所の戸を閉めて、ただ失望と落胆の中にいました。そこに、ふたりの

弟子がやってきてイエスはよみがえられたと伝えました。すると、イエスが入ってこられ

て、弟子たちの真ん中に立って「安かれ」と言われました。まるで、弟子たちの心の嵐を

静めるかのように、「心を静めなさい。落ち着きなさい」と言われたのです。神さまを信じ

て、心を落ち着けるという事は大事なことです。「あなたがたは立ち返って、落ち着いてい

るならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る」(イザヤ30:15)私たち

の心の平安は、神さまが与えて下さるものです。私たちの心が、ざわざわと落ち着かない

とき、不安で満たされるとき、神さまを見上げるならば平安が与えられます。部屋の中に

閉じこもっていた弟子たちには平安がなかったのです。イエスは死んでしまわれた、これ

からどうなるのだろうと不安でいっぱいでした。そこにイエスさまが現れて「安かれ」と

言われたのです。そう言って、手とわきを彼らに見せられました。手には釘あとがありま

した。わきにはローマ兵が突き刺した槍あとがありました。確かに、十字架にかかって死

なれたイエスさまであることがわかりました。弟子たちは、イエスがよみがえられたとい

うことを信じました。彼らは主を見て喜びました。イエスは彼らに言われました「父がわ

たしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす」イエスさまは父

なる神からつかわされて、この地上に来られました。それは、私たちの罪をゆるすために

十字架にかかるためでした。そして、よみがえられたイエスさまは、罪のあがないが完成

したことをお示しになりました。この福音を人々に伝えなさいと言われます。伝道するこ

とはイエスさまのご命令です。そして、伝道のための力として「聖霊を受けよ」と言われ

ました。ところが、このとき十二弟子のひとりのトマスがいませんでした。トマスは言い

ました「わたしはその手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、わたしの手

をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」決して信じないと言い切ったので

すから、トマスは復活ということはあり得ないと思っていたのです。初代の教会にも、ト

マスのような人がたくさんいました。それから、八日ののち弟子たちは家の中にいました。

トマスも一緒でした。イエスさまが部屋の中にはいって来られて、トマスに言われました

「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばしてわたしのわきにさし

入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」「見ないで信じる者は、

さいわいである」見ないで信じる者とは、私たちのことです。私たちは、よみがえられた

イエスさまを見たわけではありませんが、信じています。それはわたしの罪がゆるされた

という信仰を与えられているからです