2019、5、26       復活節第6主日礼拝      牧師 川﨑善三

「信仰に報いる主」                     ルカ7:1~10

 聖書はイスラエルの民、すなわちユダヤ人に対して語りかける神のことばです。しかし、

イエス・キリストを信じて神の子とされ、神の民に加えられた私たちにとっても、聖書は

神のことばです。私たちが信仰をもって聖書を読むとき、ご聖霊は聖書のことばをもって、

私たちに語りかけてくださいます。しかし、二千年前のユダヤ人社会では、聖書はユダヤ

人たちだけに開かれた神のことばでした。ユダヤ人と異邦人との間には大きな違いがあり

ました。ユダヤ人は神が約束されたいろいろな契約によって、特別な恵みを受けていまし

た。ところが、異邦人は神の契約の範疇に入らない人々で、神の祝福とはなんの関係のな

い人々でした。このような違いが両者の間にあったのですが、ユダヤ人と異邦人のどちら

が、神を信じる信仰をもっていたでしょうか。異邦人の方が信仰を持っていました。

イエスさまは、山に登ってみもとに集まってきた人々に語られました。「あなたがた貧しい

人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。あなたがたいま飢えている人

たちは、さいわいだ。飽き足りるようになるからである。あなたがたいま泣いている人た

ちは、さいわいだ。笑うようになるからである」イエスさまの目には、いつも天国が見え

ていました。この地上で貧しい人々は天国では豊かな者になる。この地上で飢えている者

は、天国では飽き足りるようになる。この地上でいま泣いている者は、天国では笑うよう

になる。神さまは私たちの地上での労苦に必ず報いて下さる御方であると、イエスさまは

言われたのです。

「イエスはこれらの言葉をことごとく人々に聞かせてしまったのち、カペナウムに帰って

こられた。ところが、ある百卒長の頼みにしていた僕が、病気になって死にかかっていた」

(ルカ7:1,2)当時のイスラエルは、ローマ帝国の植民地でした。ローマの軍隊が、

イスラエルの町々に駐留していました。カペナウムの町にも、いくばくかの軍隊が駐留し、

百人隊長はその中のひとりでした。彼がイエスさまのことを聞いてユダヤ人の長老たちに

伝言を託しました。「わたしの家の僕がいま重い病気にかかって死にそうです。どうか、わ

たしの所に来て僕を助けてください」イエスさまはユダヤ人の長老たちと共に、百卒長の

家に向かいます。その家に近づいたとき、彼の友達がやってきて言いました「イエスさま、

どうぞ、ご足労くださいませんように。わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、

わたしにはございません。そこで、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたの

です。ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください」この人の謙遜と

その信仰に、イエスさまは感心して言われました「これほどの信仰はイスラエルの中でも

見たことがない」イエスさまを信頼し、そのことばを信じる百卒長の態度は、私たちのお

手本であります。