2019、7、14      聖霊降臨節第6主日礼拝      牧師 川﨑善三

「常に祈る」                                      ルカ18:1~14 

 イエスさまが誰に対してこの話をなさったかと言うことは、その話の意図を知るうえで、

大変、大事なことです。このところは、弟子たちとイエスの言葉を真摯にうけとめようと

している人々に対して話された譬です。ある町に、ひとりの裁判官がいました。この人は

神を恐れず、人をかえりみることのない人でした。大変、傲慢不遜な人間で、自分が一番

偉いと思っている人です。聖書では、自分のことを神のように偉い人間だと思っている人

のことを「彼らの神は、その腹」(ピリピ3:19)と言っています。この裁判官は、その

ような人間でした。この裁判官のところに、ひとりのやもめがきて、「どうぞ、わたしを訴

えるものをさばいて、わたしを守ってください」と願いつづけました。やもめは社会的な

弱者で悪人に苦しめられやすいところがあり、誰も彼女を助けてくれないので、裁判官に

「どうか不当な訴えをさばいて、わたしを守って下さい」と言ったのです。やもめは毎日

のようにやってきました。一日に何回も来るほど、頻繁に裁判官の所にやってきました。

裁判官は、やもめの姿を見かけると隠れるほどになりました。裁判官は、しばらくの間は

彼女の訴えを聞き入れないでいましたが、やがて心のうちで、こう思いました。「わたしは

神をも恐れず、人を人とも思わないが、このやもめがわたしに面倒をかけるから、彼女の

ためになる裁判をしてやろう。そうしたら、絶えずやってきてわたしを悩ますことがなく

なるだろう」この裁判官が、このやもめの願いを聞き入れてくれたのは正義感からではあ

りませんでした。また義務感でもなく、利益のためでもありませんでした。やもめが執拗

に願いつづけたからです。イエスさまは、神さまに対して祈るときにはこのやもめのよう

に祈り続けることが必要ですと教えられました。このような祈りが、聖書の中に見つける

ことができます。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い

使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている」(出エジプト

3:7)ヨセフの時代に、エジプトへ下ったヤコブの一族は、奴隷として虐げられていま

した。ヨセフのことを知らない新しい王が、国を治めるようになったからです。その虐げ

が四百年にもおよび、その苦しみは極限に達していました。モーセは、神の山ホレブで神

さまと出会い、「わたしはあなたをパロのもとにつかわします。あなたはわたしの民、イス

ラエルの人々を導き出しなさい」と言われたのです。このとき、神さまは「わたしの民の

悩みを見、その叫びを聞き、彼らの苦しみを知っている」と言われたのです。このことが

わかるならば、私たちは平安と信頼をもって、祈り続けることができます。祈りについて

学ぶことは大切です。祈り続けること、へりくだって祈ること、とりなしの祈りをするこ

とを体験的に知っていきたいと思います。