2019、7、28      聖霊降臨節第8主日礼拝      牧師 川﨑善三

「主のめぐみの年」    ルカ4:14~30

 イエスさまは、ヨルダン川でバプテスマを受けられました。水から上がってお祈りをし

ておられると天が開けて聖霊がはとのような姿をとって、イエスさまの上に下られました。

そして、天から「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」という声が

聞こえてきました。この時から、イエスさまは公生涯に入られたのです。それから、御霊

に導かれて荒野に行き、40日のあいだ、サタンの試みにあわれました。サタンの誘惑を

退けられた主は、ガリラヤに帰ってこられました。人々はそれを待ちかねたかのように、

イエスさまを迎えて諸会堂で、その教えを喜んで聞きました。それから、生まれ育ったナ

ザレの町に帰られて安息日に会堂に入られました。すると、会堂司から聖書を手渡された

のでイザヤ書を開いて、その個所を朗読されました。その頃、礼拝は神の霊に導かれる者

であるなら、だれでも聖書を開き、話すことができました。ですから、イエスさまが他の

町の会堂で教えておられるのを知って、会堂司はイエスさまに聖書を手渡したのです。「主

の御霊がわたしに宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、わたしを聖別

してくださったからである」旧約聖書の時代から新約聖書の時代までの400年間、イス

ラエルは苦難の時代を通りました。イスラエルの救いを待ち望んでいる人々には、救い主

が来てくださるということが唯一の希望であり、喜びでありました。そのような状況下で、

イエスさまは福音を語り始められたのです。「主の御霊がわたしに宿っている」バプテスマ

を受けられたとき、ご聖霊がはとのような姿をとって、イエスさまのうえに下り、イエス

さまのうちにお宿りになったのです。神さまがわたしを聖別して福音を語るようにして下

さったのですと言われました。「主はわたしをつかわして、囚人が解放され、盲人の目が開

かれことを告げ知らせ、打ちひしがれている者に自由を得させ、主のめぐみの年を告げ知

らせるのである」イエスさまがこの地上の来られたのは、囚人を解放するためでした。罪

人がその罪を許されて、無罪放免となるのです。目の見えない人の目が開かれます。神の

世界、霊の世界のことがわかるようになります。この世のわきまえよりも、神の国のこと

がわかるようになることの方が大事です。うちひしがれている者に、希望と力を与えてく

ださいます。そして、「主のめぐみの年を告げ知らせる」と言われました。「めぐみの年」

とはヨベルの年のことです。イスラエルでは、7年ごとに耕作地を休ませなければなりま

せんでした。そして、7年ごとの「安息の年」が7回続くと、その翌年も休みの年としな

ければなりませんでした。この50年目の年を「ヨベルの年」と呼び、すべての負債が帳

消しになりました。イエスさまが来られたのは、このヨベルの年をみんなが迎えるためで

あると言われたのです。すべての罪と負債がゆるされ、免除される。イエス・キリストの

福音は、そのめぐみを私たちに与えてくださるのです。