2019、8、25     聖霊降臨節第12主日礼拝      牧師 川﨑善三

「今の時代」   ルカ7:24~35

イエスさまの所に、ヨハネの弟子がやって来ました。ヨハネは、ヘロデ王の私生活が乱

れていることを非難し、それに立腹した王はヨハネを捕えて獄中にいれました。ヨハネ

は、イエスが救い主であるという信仰がゆらぎかけていたのです。ヨハネはふたりの弟

子を選んで、イエスさまのもとにつかわしました。ふたりはイエスさまに尋ねました。「ヨ

ハネはこう言いました『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれ

かを待つべきでしょうか」ヨハネは迷っていました。イエスさまこそキリストであると

信じていたのに、未だにローマからの独立のために立ち上がってくださらない、どうし

てなのか、キリストではないのかと言う、心の迷いであります。私たちも心に迷いが生

じることがあります。信仰が試されるようなことがあります。そんなときは、どうすれ

ば良いのでしょう。それはイエスさまに聞くこと、お尋ねすることです。自分でどんな

に考えても、答えはあれません。イエスさまに聞くとは、祈って聖書を読むことです。

聖書の中にその答えが示されています。イエスさまも、みことばに基づいて、ご自分が

キリストであることを証して下さいました。「目の見えない人が見えるようになり、足の

悪い人が歩けるようになり、重い皮膚病の人は癒され、耳の不自由な人は聞こえるよう

になり、死人は生き返り、貧しい人々は福音を聞かされている」あなたがたは、わたし

がこのようなわざを行っていることを見聞きしているではないか、帰ってヨハネに報告

しなさい。わたしは預言どおりのことを行っているとイエスさまは言われました。

イエスさまはヨハネがどんなにすばらしい人であったかが、あらためてわかり、またヨ

ハネの最後が近づいていることを知って、群衆にヨハネの話をされました。あなたがた

はヨハネのことをどのように思っているのか、彼は風にゆらぐ葦のような存在であった

のか。彼は荒野でキリストを証する先駆者として、神からつかわされた人であった。彼

は柔らかい着物を着て、宮殿で暮らす人のように弱々しい人ではなかった。らくだの毛

衣をまとい、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物として、荒野で住んでいた。ま

るで預言者エリヤのような人であった。ヨハネほど偉大な人はいない。女の産んだ者の

中でヨハネよりも大きい人物はいないと、イエスさまはヨハネをほめられました。しか

し、この話を聞いた人々の中で同意しない人々がいました。そこで、イエスさまは言わ

れました。「今の時代の人々は何に比べようか。それは子供たちが広場にすわつて、互に

呼びかけ『わたしたちが笛を吹いたのに、あなたたちは踊ってくれなかった。弔いの歌

を歌ったのに泣いてくれなかった』と言うのに似ている」イエスさまの喜びを喜びとせ

ず、イエスさの悲しみを悲しみとしない人々がいるとイエスさまは言われたのです。今

は悪い時代です。(エペソ5:16)そのような時代に生きている私たちは、イエスの心

を心として生きていくべきであります。