2019、11、3      降誕前第8主日礼拝     牧師 川﨑善三

「よみがえり」                   ヨハネ6:22~40

 イエスさまは、私たちの罪をゆるすために十字架にかかって死なれました。金曜日の朝

九時から昼の三時に至る間、イエスさまは十字架の上で苦しみ、息をひきとられました。

その一部始終を、ガリラヤから従ってきた女性たちが目撃しました。やがて、アリマタヤ

のヨセフが総督ピラトの所へ行って、イエスさまの体の引き取りを願いました。ピラトは

その願いを聞き入れ、ヨセフはイエスさまの体を十字架から降ろして、きれいな亜麻布で

包んで、彼が造った新しい墓に納め、墓の入口に大きな石をころがして墓を閉じて帰りま

した。そして、三日目の朝、日曜日にイエスさまはよみがえられました。マグダラのマリ

ヤやペテロにイエスさまは現れて、よみがえられたことを知らせて下さいました。しかし、

誰もイエスさまがよみがえったという事を信じませんでした。イエスさまがよみがえられ

た日の夕方のことです。弟子たちはユダヤ人をおそれて一つ所に集まっていました。彼ら

は希望を失って落胆していました。また、自分たちもイエスさまと同じように捕えられて

殺されると恐れていました。そんな弟子たちの所にイエスさまが入ってこられ、彼らのま

ん中に立ち「安かれ」と言われました。平安があなたがたにあるようにと言う言葉です。

イエスさまは、彼らの心から恐れを取り除いて下さいました。弟子たちは、まぼろしを見

ているかのように思ったことでしょう。しかし、イエスさまはよみがえられたことを教え

るために、手とわきとを見せて下さいました。わき腹には槍あとがあり、手には釘あとが

ありました。確かに、イエスさまはよみがえられたのです。聖書には、私たちは死んだの

ち、よみがえって神さまの御前に立つときがあると示されています。「人の子が栄光の中に

すべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。そして、すべて

りの国民をその前に集めて」(マタイ25:31、32)イエス・キリストが、再びこの地

上に来られるときがあります。その日、終りのラッパが鳴り響くうちに、イエスさまご自

身が天から下ってこられます。そして、キリストにあって死んだ人々がよみがえり、生き

残っているクリスチャンが彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、天国に入れていただけ

ます。そのあと、すべての国民がキリストの前に集められて、ある人は永遠の命を受け、

ある人は永遠の刑罰を受けるとイエスさまは言われました。このことから、私たちはどの

ような生き方をしなければならないかを教えられます。イエス・キリストを信じる人々は、

その罪がゆるされ、永遠の命が与えられます。そして、死んでもよみがえらされて天国に

入れていただけるのです。「わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永

遠の命を得ることなのである。そして、わたしはその人々を終わりの日によみがえらせる

であろう」(ヨハネ6:40)今日、私たちは信仰を持って天国に召された人々を記念して、

礼拝をおささげしています。これらの人々と再び天国で会える日を待ち望みつつ、私たち

は、残る生涯、信仰をしっかり持って生きていきましょう。