2020、6、14      聖霊降臨節第3主日礼拝       牧師 川﨑善三

「終りの時には」                     使徒行伝2:14~24

 五旬節の日(ペンテコステ)が来ました。百二十名ばかりの弟子たちが、一団となって集

まっていたエルサレムの家の屋上の間に、ただならぬ物音が響き渡りました。突然、激し

い風が吹いてきたような音が、天から起ってきて、家いっぱいに響き渡りました。そして、

舌のようなものが、炎のように分かれて現れ、ひとりびとりの上にとどまりました。する

と、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で話し始めま

した。エルサレムにいる大勢の人々が、この物音を聞いて弟子たちのいる所に集まってき

ました。すると、彼らがいろいろの他国の言葉で、神の大きな働きを口々に叫んでいる、

その声を聞きました。弟子たちはこの時、イエスさまが行われた数々の奇跡や十字架の死

と復活について語っていたのですが、それを聞いた人々は、そのことがどういう意味を持

つのかがわかりませんでした。

「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力で

ある」(Ⅰコリント1:18)イエスさまの十字架は、信じる者にとっては救いそのものであ

りますが、信じない者にとっては何の意味も持たないひとりの人の死以外の何ものでもあ

りません。ですから、ご聖霊に満たされた弟子たちが他国の言葉で十字架の話をしていた

としても、聞く人々にとっては全く関係のない話を聞いていたにすぎません。ただ、それ

ぞれの国からペンテコステの祭りに来ている人々にとって、自分たちの国の言葉で、弟子

たちが神さまのことを話しているのが不思議でなりませんでした。

みんなの者が驚き惑って、互いに言い合いました「これは、いったい、どういうわけな

のだろう」ガリラヤ出身のユダヤ人が、何故、私たちの国の言葉を語ることができるの

かが不思議でなりませんでした。しかし、ほかの人たちはあざ笑って言いました「あの

人たちは新しい酒で酔っ払っているのだ」ご聖霊に満たされた人々のうちの幾人かは、ま

るで酔っ払っているかのようであったというのです。そこで、この時、ペテロが十一人

の使徒たちと共に立ち上がり、語り始めました。「どうか、皆さん、わたしの言うことに

耳を傾けていただきたい。今は朝の九時であるから、私たちは、あなたがたが思ってい

るように酒に酔っているのではありません。これは預言者ヨエルが預言していたことが、

今、起っているのです」預言者ヨエルは、主の日、すなわち世の終りの日の幻を見せら

れました。「太陽は暗くなり、月は血の色に染まり、天の星はふるい落とされ、世界中で

戦争が起こります。しかし、その終りの時、ご聖霊が信じる人々の上にお降りになり、

その人々は神の国の幻を見、老人は夢のような世界に移されることを喜ぶことができる」

今、ヨエルの預言が成就して、私たちの上にご聖霊がお降りになったのですとペテロは

言いました。

終りの時が来たなら、神さまは、信じる人々の上にご聖霊を注いて下さいます。リバイ

バルが起こるのです。終わりの日のリバイバルの初穂とならせていただけるならば、な

んと幸いなことでしょうか。