2020、6、28      聖霊降臨節第4主日礼拝       牧師 川﨑善三

「まごころをもって」                     ヨハネ4:5~24

 エルサレムにいる支配階級の人々は、バプテスマのヨハネの活動とイエスさまの活動に

ついて警戒していました。ヨハネからバプテスマを受けた人々が反体制の立場をとり、反

ローマの運動が起こるならば、支配階級の人々の存在さえも危うくなる可能性がありまし

た。その危険性はイエスさまの活動についても同じでした。イエスさまも、ヨハネと同じ

ようにバプテスマを授けていると聞き、パリサイ人はイエスさまと弟子たちの動向にも、

恐れを感じ始めていたのです。そのことをイエスさまが知られたとき、イエスさまはユダ

ヤを去って、ガリラヤへ行かれました。イエスさまは彼らと争うことを避けられたのです。

「しかし、イエスはサマリヤを通過しなければならなかった」(ヨハネ4:4)

普通ならば、サマリヤ地方を迂回して、ヨルダン川の東岸を北に向かうのですが、イエス

さまはサマリヤを通る道を選ばれました。ユダヤ人はサマリヤ人を蔑み、彼らと交際しま

せんでした。しかし、イエスさまは人を分け隔てされるような方ではありません。サマリ

ヤのスカルという町に着いたのは、昼の十二時ごろでした。弟子たちは食べ物を求めて町

に行っていました。イエスさまは旅の疲れを覚えて、町の外にある井戸のそばにすわって

おられました。すると、ひとりの女が水をくみにやってきました。イエスさまはこの女に

「水を飲ませてください」と言いました。女はびっくりしました。この当時、男が女に声

をかけるというようなことは、ほとんどありませんでした。またユダヤ人が、サマリヤの

女に水を飲ませてくださいと言うようなことはなかったのです。

「あなたはユダヤ人でありながら、どうしてサマリヤの女のわたしに、水を飲ませてくだ

さいと言われるのですか」女は、目の前にいるこの人は普通のユダヤ人とは違うと感じま

した。イエスさまは言われました「わたしがだれかとわかったならば、あなたの方から生

ける水を与えてくださいと言ったでしょう」イエスさまは水を持っているわけではありま

せん。イエスさまの方が、女に水を飲ませてくださいと言っているのです。ところが、イ

エスさまは、わたしこそ生ける水を与えることのできる者であると言われたのです。ここ

で、イエスさまが言われる「生ける水」が物質的な水ではないと言うことがわかってきま

す。イエスさまが与えようとしておられる水は、神を信じることによって与えられる数々

の恵み、祝福のことです。女は、イエスさまにお願しました「わたしにその水をください」

すると、イエスさまは言われたのです「あなたの夫を呼びに行って、ここに連れてきなさ

い」「わたしには夫はありません」女は、過去の罪を認め、悔い改めようとしました。そし

て言ったのです。「主よ、あなたは預言者です。私たちはどこで礼拝をするべきでしょうか」

「あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で礼拝する時が来る。神は霊で

あるから、礼拝する者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」

まごころをもって神を礼拝する、そのような礼拝こそ、神に喜ばれる礼拝です。霊とまこ

とをもって礼拝する者となりましょう。