2020、8、2       聖霊降臨節第10主日礼拝     牧師 川﨑善三

「種をまく人」                        ルカ8:4~15                                                           

「そののちイエスは、神の国の福音を説きまた伝えながら、町々村々を巡回し続けられた

が、十二弟子もお供をした」(ルカ8:1) イエスさまは弟子たちを伴って、イスラエルの

国中を巡回して、神の国の福音を人々にお語りになりました。神の国の福音、すなわち、

神の国とはどういう世界かと言うことを人々にわかってほしいと言う強い願いをもってお

話しになったのです。 神の国は、わたしたちの生きているこの世界と全く違う世界であ

ると言えます。この地上の世界の法則と全く違う法則で成り立っています。神の国は目に

は見えません、霊的な世界です。その霊的な世界のことを人々に説明するのに、イエスさ

まは、たとえをもってお話しになったのです。たとえは、わたしたちが理解できない霊の

世界のことをわからせるために用いられたものです。

「あなたがたには、神の国の奥義を知ることが許されているが、ほかの人たちには、見て

も見えず、聞いても悟られないために、譬で話すのである」(ルカ8:9,10)

 弟子たちは、イエスさまを神からつかわされた方であると信じているので、その奥義を

知ることが許されているが、信じていない人にはその奥義を知ることが許されていないの

で、たとえで語るのであるとイエスさまは言われるのです。すなわち、真理は隠されてい

ると言うことです。真理を知りたい、神の国の奥義を悟りたいと思う人は、たとえを聞い

てわからないからと言って諦めてしまうことはありません。本当に救われたい、知りたい

と思う人は、わからないからと言って、そこで探すのをやめてしまわない、求道する心を

失ってしまうことはないはずだと、イエスさまは言われたのです。この点で、わたしたち

は真理を求めるということで、どれだけ熱心であるかどうかと言うことです。あなたは、

本当に神の国の奥義を知りたいですか、それとも、そんなことはどうでも良いと思ってい

ますかと、イエスさまは問われているのです。

 さて、イエスさまは大勢の群衆が集まってくるのをごらんになって、ひとつの譬をお話

になりました。「種まきが種をまきに出て行った。まいているうちに、ある種は道ばたに落

ち、踏みつけられ、そして空の鳥に食べられてしまった。ほかの種は岩の上に落ち、はえ

はしたが水気がないので枯れてしまった。ほかの種は、いばらの間に落ちたので、いばら

も一緒に茂ってきて、それをふさいでしまった。ところが、ほかの種は良い地に落ちたの

で、はえ育って百倍もの実を結んだ」(ルカ8:5~8)

  わたしたちは、このたとえから、聖書が語る神の言葉を正しい良い心で聞くことが大事

だと教えられます。道ばたのような心で、安易に聞き流すことのないようにしたいと思い

ます。悪魔に、御言を奪われないように気をつけましょう。また、岩地のような、かたく

なな心であってはなりません。神さまの前にへりくだって、柔らかな心、幼な子のような

心で、みことばを心のうちに宿しましょう。