2020、9、6     聖霊降臨節第15主日礼拝       牧師 川﨑善三

「神のみわざ」                       ヨハネ9:1~12 

                                      

仮庵の祭が終って、イエスさまが道をとおっておられた時のことです。ひとりの生まれ

つき目の不自由な人が道ばたにすわり、物乞いをしているのをご覧になりました。弟子

たちは、イエスさまに尋ねました「この人が生まれつき目が不自由なのは、だれが罪を

犯したためですか。本人ですか。それとも両親ですか」ユダヤ人社会では罪の結果とし

て災いにあうという考え方が、根強くありました。しかし、イエスさまは、そのように

は考えておられませんでした。確かに、人間は神に背いて罪を犯し続けている、しかし、

神さまはその罪をゆるすために、救い主を地上に送ってくださったのです。その救い主

こそわたしであると言う自覚を、イエスさまは持っておられました。ですから、この人

に対して、神さまはどんなに憐れみ深い方であるかが、あなたがたにわかるようにと、

こう言われたのです。「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が悪いのでもない。

ただ、神のみわざが彼の上に現れるためである」イエスさまは地につばきをし、そのつ

ばきで、どろをつくり、そのどろをその人の目に塗って言われました「シロアムの池に

行って洗いなさい」。なんのこともありません。誰でもできるようなことをしなさいと言

われただけのことです。

旧約聖書のスリヤのナアマン将軍の話を思い出します。ナアマン将軍は重い皮膚病を患

っていました。あるとき、イスラエルの地から連れてこられた少女が言いました「ああ、

ご主人がサマリヤにいる預言者と共におられたらよかったでしょうに。彼はご主人の病

をいやしたことでしょう」ナアマンは、この言葉を聞いてイスラエルの地に行き、預言

者のもとを訪ねます。預言者は使いの者をつかわして言いました「あなたはヨルダンへ

行って七たび身を洗いなさい。そうすれば、あなたの病は癒されます」ナアマンはこの

言葉を聞いて怒り、立ち去ろうとしました。川の中に入っていき、身を洗うだけで癒さ

れるならば、もうとっくに癒されているはずだと怒ったのです。ナアマンのしもべたち

は、彼に言いました「ご主人よ、預言者があなたに、何か大きな事をせよと命じても、

あなたはそれをなさらなかったでしょうか。まして、彼はあなたにヨルダン川に行って

身を洗えと言うだけではありませんか」ナアマンは心を入れ替えて、預言者の言うとお

りにしました。すると、彼の重い皮膚病は、全く癒されたのです。信じて、従うところ

に神のみわざが現れます。

目の不自由な人に、イエスさまは「シロアムの池に行って洗いなさい」と言われました。

この人はイエスさまの言葉を信じてそのとおりにしました。すると、その人の目がみえ

るようになったのです。

この出来事の中に、神の恵みにあずかる順序が示されています。イエスさまがどろを目

に塗ってくださった。そして、シロアムの池に行って洗いなさいと言われた。そして、

そのお言葉に従ったときに、神のみわざが現されたと言うことです。わたしたちが信じ、

従うところに神のみわざが現されます。イエスさまはマルタに言われました「もし信じ

るならば神の栄光を見るであろうと、あなたに言ったではないか」信じて、神のみわざ

を見させていただきましょう。