2020、9、13     聖霊降臨節第16主日礼拝     牧師 川﨑善三

「よい羊飼い」                    ヨハネ10:7~18

                       

今から七十年ほど前のことです。一九四七年、昭和二十二年のことです。聖書に関する

大発見がありました。イスラエルに死海と言う湖があります。この死海の周辺の洞窟の

中にあったかめの中から、聖書の写本が見つかったのです。二千年前の旧約聖書のイザ

ヤ書の写本でした。それは羊皮紙に書かれていました。ちぎれて、断片的でしたが、詳

しく調べるとイザヤ書の言葉の断片であることがわかり、大騒ぎになったのです。その

写本を見つけたのが羊飼いの少年でした。 

聖書には羊飼いをしていた人が、何人も出てきます。イスラエルの王となったダビデも、

羊飼いの仕事をしていました。ダビテが、預言者から油注がれた時のいきさつは、こう

でした。預言者サムエルはベツレヘムのエッサイのもとを訪ね、その子たちを連れてく

るように言いました。神さまが「わたしはエッサイの子たちのうちに、ひとりの王を捜

し得たからである」と言われたからです。預言者は長男エリアブを見たとき、この人こそ、

王となる人だと思いました。顔かたちもよく、背も高い、りっぱな人であったからです。

しかし、神さまは言われました「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでに

その人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は

心を見る」エッサイは七人の息子を預言者の前に連れてきますが、神さまはこの人だと

言われませんでした。そこで、預言者サムエルはエッサイに尋ねます。「あなたの息子た

ちは、皆ここにいますか」エッサイは答えて言いました「まだ末の子が残っていますが、

羊を飼っています」八人目の息子ダビテは、羊を飼う人でした。ダビデがやってきた時、

神さまは「この人が、次の王となる人だ。彼に油を注ぎなさい」と言われました。ダビ

デは、まだ少年で羊を飼う仕事をしていたのです。ダビデは、詩篇でこう言っています。

「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。主はわたしを緑の牧場に伏させ、

いこいのみぎわに伴われる。主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわた

しを正しい道に導かれる。たとい、わたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れま

せん。あなたがわたしと共におられるからです」(詩篇23篇)

イエスさまもこの詩篇の言葉をそらんじておられたことと思います。そして、言われた

のです「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる」羊飼いの仕事

はなまやさしいものではありません。ダビデは、羊を守るために、ししやクマと戦った

ことがあると言いました。下手をすれば死んでしまうような危険の中にあります。しかし、

羊のために命をかけて戦ったのです。イエスさまも、羊のために戦ってくださいまし

た。 「わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねば

ならない」(ヨハネ10:16)他の羊とは、わたしたちのことです。二千年という時間の

隔たりを越えて、わたしたちもイエスさまの囲いの中の羊とれているのです。この囲い

から出ることのないようにしたいと思います。イエスさまは、わたしの愛のうちにい

なさいと言われます。この囲いには名前がついています。それは「神の愛」と言う名です。