2020、10、11     聖霊降臨節第20主日礼拝      牧師 川﨑善三    

「ラザロの復活」                      ヨハネ11:1~16

この時、イエスさまがどこにおられたかと言うことについて、詳しいことはわかってい

ません。ただ、エルサレムから一日路ほど離れたところにおられたと言うことがわかる

だけです。一日路と言うことは移動するのに一泊しなければいけない距離です。という

ことは、約八〇kmほど離れた所にイエスさまと弟子たちが行っていたということになり

ます。  そこに、ひとりの人がやってきました。この使の人はベタニヤ村のマルタと

マリヤのもとからつかわされてやってきました。「主よ、ただ今、あなたが愛しておられ

る者が病気をしています」この時、マルタとマリヤは、イエスさまにすぐに来て下さい

と言っていません。ラザロが病気をして容体が悪くなっていますと訴えただけです。そ

れだけで、イエスさまなら何とかして下さると言う信仰があったからです。ローマの百

卒長の僕が病のため苦しんでいた時、百卒長は使いの者をイエスさまのもとにつかわし

て「ただ、お言葉をください」と言っただけです。イエスさまは「あなたの僕は癒され

た」と言ってくださり、僕の病はいやされ、元気になりました。ですから、マルタとマ

リヤはラザロの病を伝えるだけで、イエスさまは何かをして下さると信じていたのです。

イエスさまは使いの者と弟子たちに宣言するかのようにして、こう言われました「この

病気は死ぬほどのものではない。それは神の栄光のため、また、神の子がそれによって

栄光を受けるためのものである」このラザロの病を通して、神さまはご自身の栄光をあ

らわされる、また神の子キリストが神の栄光を受けるであろうと言われたのです。イエ

スさまは、なおふつか、そのおられた所に滞在しておられました。そして、それからベ

タニヤ村に行かれました。行ってごらんになると、ラザロは死んで四日間も墓の中に置

かれていました。イエスさまが来られたことを聞いたマルタは、すぐに出迎えるため、

イエスさまのもとに行きました。「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたし

の兄弟は死ななかったでしょう」イエスさまが、すぐに来て下さらなかったことを悔や

んだいるのではなく、イエスさまがいて下さらなかったことが残念でならないと言って

いるのです。すると、イエスさまは言われました「あなたの兄弟はよみがえるであろう」

マルタはこの言葉を終りの日のよみがえりの事だと思いました。ですから、彼女は「終

りの日によみがえるということは信じています」と言いました。すると、イエスさまは

「わたしはよみがえりであり、命である。私を信じるものは、たとい死んでも生きる」

と言われました。わたしは人をよみがえらせる力を持っている、わたしは命である。わ

たしを信じる者はたとい、死んでも生き返ることができると言われたのです。会堂司ヤ

イロの娘が生き返りました。ナインの町のやもめの息子が生き返りました。そして、ラ

ザロも生き返って、墓の中から出てきました。「わたしはよみがえりであり、命である。

わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。あなたはこれを信じるか」と、イエスさ

まは、わたしたちに問いかけられます。