2020、10、18     聖霊降臨節第21主日礼拝      牧師 川﨑善三 

「わたしのお願い」                      ヨハネ17:6~19

 最後の晩餐の席で、イエスさまは大事なことを弟子たちに話されました。パンとぶどう

酒によって、十字架の死がわたしたちのためのあがないの血であり、イエスさまの体であ

ることを証しされました。イエスさまはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与

えて言われました「取って食べよ、これはわたしのからだである」また、杯をとり、感謝

して彼らに与えて言われました「これは罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のため

に流すわたしの契約の血である」このように、聖餐式はイエス・キリストの十字架の死が、

わたしたちの罪のゆるしであることを目に見える形で教えてくれるものとなりました。 

最後の晩餐は、イエスさまと弟子たちにとって記憶に残る大事なひとときとなりました。

そして、イエスさまの言葉は、最後は祈りとなりました。どんなことを祈られたのでし

ょうか。「父よ、時がきました。あなたの子があなたの栄光をあらわすように、子の栄光

をあらわして下さい」(ヨハネ17:1)キリストの十字架は、神の栄光があらわされる時で

す。ひとりの人の死が、神の栄光となるということは、まさに神の奥義です。この救い

を信じるときに、永遠の命が信じる者に与えられるのです。イエスさまは、ご自身が子

なる神であることを弟子たちにお示しになりました。ですから、「父よ、世が造られる前

に、わたしがみそばで持っていた栄光で、今み前にわたしを輝かせてください」と祈ら

れました。 

次に、弟子たちが父なる神のものとして選ばれ、救われた人々であると言われます。

   「わたしは、あなたが世から選んでわたしに与えられた人々に、み名をあらわし

ました。彼らはあなたのものでありましたが、わたしにくださいました。そして、彼ら

はあなたの言葉を守りました」(ヨハネ17:6)ここに、わたしたちのことが語られていま

す。わたしたちは神さまから選ばれて、尊いみ救いにあずかる者とされていると言うこ

とです。イエスさまは、こうも言われました「あなたがたがわたしを選んだのではない。

わたしがあなたがたを選んで、あなたがたを立てた」わたしたちがイエスさまを選んで

弟子となったのではありません。ペテロも、ヤコブとヨハネも、マタイもイエスさまに

お声をかけられて、弟子となったのです。選ばれて、弟子となった人々はイエスさまと

共に三年間、寝食を供にして行動しました。そして、彼らは、イエスさまが神からつか

わされた人であり、神の子であることを知りました。十字架につけられて死んでいかれ

たイエスさまを見て、ローマの百卒長は言いました「ほんとうに、この人は神の子であ

った」一点の非のうちどころのない、正しい御方、愛にあふれるイエスさまの最後を見、

ひとりの異邦人がそう言ったのです。そして、最後にイエスさまは弟子たちのために、

父なる神に祈って下さいました。「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去るので

はなく、彼らを悪しき者から守ってくださることであります」(ヨハネ17:15)迫害が始

まることを、イエスさまは預言されました。しかし、そのことを憂え悲しむことはあり

ません。わたしたちは父なる神によって守られるからです。わたしたちは、この主の祈