2020、11、1       降誕前第8主日礼拝        牧師 川﨑善三

「天にあるふるさと」                     ヘブル11:1~8

 聖書は、神のいますことと、神を探し求める者にご自身を現わして下さることを、わた

したちに教えてくれます。聖書は最初にこう書いてあります。「はじめに神は天と地を創造

された」(創世記1:1) まず神がいらっしゃって天地万物を造られたと言っているのです。

わたしたちが、これを信じるかどうかが問題なのです。神がアダムとエバをお造りになっ

た人間の歴史が始まりました。エバが誘惑されて罪を犯したことから、神さまはわたした

ちを救うために遠大な計画を立てて下さり、それを遂行するため、ひとりの人を選ばれま

した。アブラハムという人です。この人から始まり、彼の子孫としてイエス・キリストが

この地上に来てくださり、十字架のあがないを成し遂げてくださったことにより、わたし

たちは罪から救われ、天国に行けるのです。

「信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、そ

れに従い、行く先を知らないで出て行った」(ヘブル11:8)アブラハムは、カルデヤのウル

と言う町に住んでいました。ウルの町には、たくさんの偶像が祀られ、人々はそれらの偶

像を礼拝し、まことの神を信じる人は、ひとりもいませんでした。ところが、アブラハム

だけが、この町の人々の信じている神はまことの神ではない、天地万物を造られたひとり

の神がおられるという信仰を持っていました。神さまはアブラハムの御声をかけて言われ

ました「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。

わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あな

たは祝福の基となるであろう」(創世記12:1、2)アブラハムが七十五歳のとき、神の御声

を聞き、神が示されたカナンの地にやってきました。そして、その地で百年間過ごすこと

になるのです。その間、アブラハムは自分の土地を一坪も持ちませんでした。ただ、妻サ

ラが死んだとき、サラのために墓地を買っただけでした。アブラハムは、生きているあい

だ、カナンの地で寄留者、他国人として生きたと言うのです。なぜ、そのような生き方を

したのでしょうか。

「これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、は

るかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを自ら言いあ

らわした」(ヘブル11:13)アブラハムが、カナンの地で自分の土地を所有しなかった理由

は、彼にとって、この世は彼の国、彼の住む土地ではなかったからです。彼が住むべきと

ころは、天にあるふるさとでした。神さまのいらっしゃるところ、天国こそが彼のふるさ

とであったのです。わたしたちのふるさとも、そこにあります。わたしたちも死んだなら、

神さまのもとに帰るのです。わたしたちも天にあるふるさとに帰るのです。先に、天にあ

るふるさとに帰られた方々と再会できる日を楽しみに、残された日々を過ごしてまいりま

しょう。