2020、11、15      降誕前第6主日礼拝      牧師 川﨑善三

「愛の心」                       マタイ5:38~48

イエス・キリストは、山に登り、みもとに近寄ってきた弟子たちと大ぜいの群衆に対し

て語られました。この時のイエスさまの教えを山上の垂訓と言います。

「『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところあ

る。しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの

右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい」。「目には目を、歯には歯を」とい

う教えは申命記の中に出てくる戒めです。裁判の時の証人は、ふたり、または三人の証

言によって、事を定めなければならない。その証人が偽りの証言をして、事が定められ、

容疑者が刑罰を受けたならば、偽りの証言をした者は同じ刑罰を受けなければならない。

命には命、目には目、歯には歯をもって償わせなければならない。このように、裁判の

公平性を保つための戒めが、復讐してもよいとユダヤ人はとらえるようになっていたの

です。イエスさまは、そのようにしてもよいとは言われませんでした。わたしはあなた

がたに言います。「悪人に手向かうな。右の頬を打たれたら、ほかの頬を向けてやりなさ

い」イエスさまは、神を信じて新しく生まれ変わった人は、このようなことができるは

ずだと教えられたのです。わたしたちは生まれ変わって神の子とされ、神さまがわたし

たちを愛して下さっていると同じように、わたしたちも人を愛することができる者へと

造りかえられているから、あなたがたはそれができると主は言われるのです。

「『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところで

ある。しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ」。「隣

り人を愛し、敵を憎め」この言葉を旧約聖書の中に見つけることはできません。この戒

めは、ユダヤ人が自分の同胞は愛し、異邦人は罪人であるから、愛する必要はないと考

えていたことに対する、イエスさまの批判であると言えます。あなたがたは同胞である

ユダヤ人を愛し、異邦人を憎み、彼らを軽蔑しているが、天の父なる神はそうではあり

せん。天の父は悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、雨を降らして下さる

のであるから、あなたがたも敵と思っている異邦人を愛し、彼らのために祈りなさいと

イエスさまは言われるのです。イエスさまの教えは、すべての人は兄弟であり姉妹であ

り、神さまから愛されている人々であるから、あなたがたに敵する人々を愛し、彼らの

ために祈ったからと言って、なんの手柄になるものではない。そのようにすることは神

の子として当然のことであると、イエスさまは言われたのです。消極的な愛と共に、積

極的な愛に生きる者になるのです。「あなたがたの天の父が完全であられるように、あな

たがたも完全な者となりなさい」イエスさまは、わたしたちが愛の人として生きるよう

に願っておられます。神さまは愛です。神の子とせられているわたしたちも、愛の人に

造りかえられるのです。