2020、12、6      待降節第2主日礼拝       牧師 川﨑善三

「きたるべきエリヤ」                   マタイ11:2~19

 人の心と空の天気とは、どこか似ているところがあります。晴れのお天気のときがあり、

曇りの日があり、また雨の日があるという風に、いつも晴れの日が続くことはありません。

人の心もそれと同じです。信仰が強められ、いつも祈りができ、神さまを信じる心が強く

される時と、そうでない時があります。聖書に出てくる人が、いつも信仰的に強い人であ

ったとは、どこにも書いてありません。預言者エリヤは、アハブ王の妻イザベルの脅迫に

おびえて急いで逃げ出すような失態を演じました。イザベルは預言者エリヤに使者をつか

わして言いました「あすの今ごろまでに、あなたの殺したバアルの預言者たちのように、

わたしがあなたを殺さないならば神々がわたしを罰して下さるように」イザベルは、明日

の今ごろまでに、おまえを殺してやると言ったのです。エリヤは彼女の言葉に恐れて、自

分の命を救うために逃げ出しました。エリヤの信仰が弱くなったときでした。

 さて、エリヤの再来と言われるバプテスマのヨハネも、そのような時がありました。

「さて、ヨハネは獄中でキリストのみわざについて伝え聞き、自分の弟子たちをつかわし

て、イエスに言わせた『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれか

を待つべきでしょうか」(マタイ11:2、3)ヨハネは獄中にいました。ヨハネは「きたるべ

きかた」がイエスさまであると信じていました。そして、イエスさまが、ただちに神の国

を建て上げて下さると思っていました。リバイバルが起って、人々がみな、イエスさまを

信じるようになり、イスラエルの国がダビデやソロモンのような時代になると思っていた

のです。ところが、そのようにならないので、いちまつの疑いが心の中に生じてきたので

す。いわば、曇りのような心になったのです。イエスさまは答えて言われました「あなた

がたが見聞きしていることをヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、重い皮

膚病の人はきよくなり、耳の不自由な人は聞こえ、死人は生きかえり、貧しい人々は福音

を聞かされている。わたしにつまずかない者は、さいわいである」この言葉は預言者イザ

ヤの預言した言葉です。イザヤは救い主が来られたならば、このようなことが起ると預言

したのです。イエスさまはこのような亊が起っているのだから、わたしこそが「きたるべ

き者」であると言われたのです。そして、イエスさまは、バプテスマのヨハネがどういう

人であるかを群衆に語り始められました。「ヨハネは預言者以上の者である。キリストが来

る前に道を備える人があらわれる。その人こそ、ヨハネである。女の産んだ者の中で、バ

プテスマのヨハネより大きい人物はいない。この人こそ、きたるべきエリヤである」

二千年前、イエスさまが来られたとき、ヨハネは「きたるべき御方」を証するため、神

からつかわされました。二十一世紀の私たちは、再臨されるイエス・キリストの道備え

をするべく、神さまに選ばれ、救われていると言えるのではないでしょうか。