021、2、14       降誕節第8主日礼拝       牧師 川﨑善三

 「勝利者イエス」                    マタイ14:22~36

 イエスさまの人生は、悲しみや苦しみのない人生であったわけではありせん。イエスさ

まは人の死を悲しみ、悩みある人々の悩みを担って下さる優しい御方でありました。

イエスさまは、バプテスマのヨハネが死んだという知らせを聞いて、ひとり寂しい所へ

行かれました。しかし、群衆は、この時ぞとばかりイエスさまの所に集まってきました。

イエスさまは飼う者のない羊のような群衆を見て、彼らを深く憐れみ、病人たちをお癒

しになりました。群衆は喜び、イエスさまのもとを離れようとしませんでした。それか

ら、イエスさまは五つのパンと二匹の魚をもって、みんなの空腹を満たして下さいまし

た。人々は驚き、喜び、イエスさまを捕まえて、王にしようと言う動きがありました。

このことはイエスさまにとって危険な動きです。イエスさまは王となるために、この地

上に来られたのではありません。わたしたちの身代わりとなって死ぬためにこの地上に

来られたのです。イエスさまは群衆を解散させられました。そして、しいて弟子たちを

舟に乗り込ませて、向こう岸に先に行くようにと言われました。そして、ご自身は祈る

ために山に登られました。夕方から明け方までのあいだ、神さまとの交わりの時を持た

れたのです。イエスさまにとって、祈りは魂の休息の時であり、また充電の時でした。

さて、ガリラヤ湖を向こう岸へ渡ろうとしていた弟子たちは、どうしていたのでしょう

か。「舟は、もうすでに陸から数丁も離れており、逆風が吹いていたために、波に悩まさ

れていた」(マタイ14:24)彼らが困りはて、疲れ果てている時、イエスさまが水の上を

歩いて弟子たちの舟に近づかれたのです。夜明け前の薄暗い中で、舟に近づいて来られ

るイエスさまを見て、弟子たちは幽霊だとおじ惑いました。また、恐怖のあまり叫び声

をあげる者もいました。しかし、イエスさまはすぐに声をかけて言われました「しっか

りするのだ、わたしである。恐れることはない」(我なり、恐れるな)わたしたちも大きな

試練や患難に会うとき、気も萎え、戦う勇気をなくしてしまう時があります。しかし、

イエスさまは、我なり、恐れるなと御声をかけて励まして下さいます。弟子たちは、

イエスさまだとわかると安心しました。すると、ペテロが答えて言いました

「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」

イエスさまは「おいでなさい」と言われました。ペテロは舟からおり、歩き出しました。

すると、歩けたのです。ところが、もう少しでイエスさまの所に行けると思ったとき、

大きな波がペテロに襲いかかってきました。ペテロは途端に恐ろしくなり、おぼれかけました。

ペテロは「主よ、助けてください」と叫びました。イエスさまはすぐに手を伸ばしてペテロを

つかまえて言われました「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」イエスさまは水の上を歩くことが

できると言うことを、弟子たちに見せてくださいました。水の上を歩けると言うことは、

この世における悩み、苦しみに勝利することができると言うことです。「あなたがたは、

この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」

(ヨハネ16:33)