2021、2、21       受難節第1主日礼拝       牧師 川﨑善三

 「昔の人々の言伝え」                  マタイ15:1~20

 ガリラヤ湖の周辺の町々、村々をめぐって神の国の福音を宣べ伝えておられたイエス

さまの所に、エルサレムからパリサイ人や律法学者たちがやってきました。エルサレム

からガリラヤ地方までは、四日かかります。そんなに遠く離れているのに来たというこ

とは、かなり熱心な人々であったという事です。彼らは開口一番、こう言いました「あ

なたの弟子たちは、なぜ昔の人々の言伝えを破るのですか。彼らは食事の時に手を洗っ

ていません」現代のわたしたちは、衛生上の理由から手を洗います。ユダヤ人は宗教的

な理由から、食事の前に手を洗いなさいと言う、昔の人々の言伝えがあったのです。そ

れは汚れるからという理由でした。イエスさまの弟子たちが食事の時に手を洗っていな

かったのを見たパリサイ人は、イエスさまを訴える材料として、そのことをとがめたの

です。  

イエスさまはこの時、ふたつのことを明確に答えて下さいました。ひとつは、神の戒め

と昔の人々の言伝えと、どちらが大事で、どちらを守ることが、神の喜ばれるかについ

てお話しになりました。イエスさまは言われました「なぜ、あなたがたは自分たちの言

い伝えによって神のいましめを破っているのか」「あなたがたは『父、母にむかつて、あ

なたがたにさしあげるはずのこのものは供え物ですと言えば、父または母を敬わなくて

もよろしい』と言っている」神のいましめは、「父と母を敬いなさい」と言って父母を養

う義務があることを定めているのに、あなたがたは「これは神さまへの供え物ですと」

言えば、そのものを自分たちのために用いてよいと言う言伝えの方を優先させている。

どうして、あなたがたは自分たちの言伝えによって神のことばを破っているのか。イエ

スさまは、パリサイ人たちの偽善を暴露されたのです。

イエスさまは、ふたつめに大事なことを言われました。それは、神さまに対して清くあ

るという事です。パリサイ人たちが、食事の時に手を洗うという言い伝えを守るのは宗

教的な理由からでした。手を洗わないで食事をするならば、人は汚れると思われていた

のです。その事について、イエスさまはこう言われました「口にはいるものは人を汚す

とはない。口から出るものが人を汚すのである」「口にはいってくるものは、みな腹の中

にはいり、そして、外に出て行く。しかし、口から出て行くものは、心の中から出てく

るのであって、それが人を汚すのである。というのは、悪い思い、すにわち、殺人、姦

淫、不品行、盗み、偽証、そしりは、心の中から出てくるのであって、これらのものが

人を汚すのである」わたしたちは、心を清くしていただかねばなりません。そのために、

ご聖霊に満たされなければなりません。「わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そ

うすれば、決して肉の欲を満たすことはない」(ガラテヤ5:16)御霊にお従いして、生き

ていきましょう。