2021、3、21      受難節第5主日礼拝      牧師 川﨑善三

「十字架の勝利」                  マタイ20:17~28

 イエスさまの三年半にわたる宣教活動の終わりが、近づいていました。イエスさまと弟

子たちは、エルサレムへ上る途上にありました。これから起ころうとする出来事が、弟子

たちにとって衝撃的なことであるのを知っておられた主は、その事を何とかして知らせよ

うと弟子たちにていねいにお話になりました。                   

「さて、イエスはエルサレムへ上るとき、十二弟子をひそかに呼びよせ、その途中で彼ら

に言われた」イエスさまは十二弟子だけに、十字架の死についてお話になりました。彼ら

ならば、その事を悟ってくれるだろうと思っておられたからです。ところが、イエスさま

の期待は、はずれてしまいました。「そのとき、ゼベダイの子らの母が、その子らと一緒に

イエスのもとにきてひざまずき、何事かをお願いした」イエスさまは彼らに尋ねられまし

た「何をしてほしいのか」。すると、彼女は言いました「わたしのふたりのむすこが、あな

たの御国で、ひとりはあなたの右に、ひとりは左にすわれるように、お言葉をください」

ゼベダイの子らの母は、イエスさまがエルサレムに行かれたなら、ユダヤ人の王となられ

ると思っていたのです。イエスさまは、彼女の申し出にとまどいを憶えられたかも知れま

せん。そして、言われました「あなたがたは、自分が何を求めているのか、わかっていな

い。わたしの飲もうとしている杯を飲むことができるか」イエスさまは言われます。わた

しの右、左にすわることのできる人は、苦難の杯を飲んだ人に備えられている場所だと言

われたのです。その事の重大さをわからず、彼らは「できます」と答えました。イエスさ

まは彼らが負わなければならない十字架について、よく知っておられました。       

ですから、彼らに言われました「確かに、あなたがたはわたしの杯を飲むことになろう。

しかし、わたしの右、左にすわらせることは、父なる神によって備えられている人々だけ

に許されることである」ヤコブとヨハネは、神の備えられた杯を飲みほしました。ヤコブ

は、弟子たちの中で最初に殉教し、天に召されました。ヨハネは百歳近くまで長生きをし

て、世の終わりの幻を見て、黙示録を残してその使命を終えました。ひとりは若くして死

に、ひとりは長生きをして神のみもとに召されたのです。

 ほかの十人の者はこのことを聞いて憤慨しました。彼らも同じように思っていたからで

す。イエスさまは弟子たちを呼び寄せて言われました「あなたがたの知っているとおり、

異邦人の支配者たちはその民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるってい

る。あなたがたの間ではそうであってはならない。あなたがたの間で偉くなりたいと思う

者は、仕える人となり、あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、僕とならねばな

らない」イエスさまは、神の国で偉い人とは、どんな人かという事をお話になりました。

 イエスさまは、人々に仕えられるために、この世に来られたのではありません。人々に

仕えるために来られたのです。そして、多くの人を罪から救うために、ご自分の命を捨て

て下さったのです。私たちもイエスさまと同じように人に仕える者として、人の僕として

生きてまいりましょう。