2021、5、2        復活節第5主日礼拝        牧師 川﨑善三

「あなたの信仰」                     マルコ10:46~52 

イエスさまが、目の不自由な人の目を癒されたという奇跡は、聖書に三か所出てきます。 

「彼らはベツサイダに着いた。すると人々が、ひとりの目の不自由な人を連れてきて、

さわってやっていただきたいとお願いした」(マルコ8:22)ベツサイダという村に、イエス

さまが行かれたとき、人々が目の不自由な人を連れてきて、さわってやっていたただき

たいとお願いしました。イエスさまは、この人の手をとって村の外へ連れ出しました。

イエスさまはその両方の目につばきをつけ、両手を彼に当てて「何か見えるか」と尋ね

られました。すると彼は顔を上げて言いました「人が見えます。木のように見えます。

歩いているようです」それからイエスさまが再び目の上に両手を当てられました。する

と、この人は見つめているうちに、はっきりと見えはじめました。この時の奇跡が、最

初に行われた奇跡となりました。       

                                                             

イエスさまがエルサレムに来られたとき、道ばたにひとりの目の不自由な人がすわって

いました。弟子たちは、イエスさまに尋ねました「先生、この人が生まれつき目が不自

由なのは、だれのせいですか。本人ですか、それともその両親が罪を犯したためですか」

イエスさまは言われました「だれのせいでもありません。神さまの栄光が彼の上に現れ

るためです」(ヨハネ9:1~3)イエスさまはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、

どろをつくり、そのどろを目の不自由な人の目に塗って言われました「シロアムの池に

行って洗いなさい」そこで、その人はシロアムの池に行って、目を洗いました。すると

目が見えるようになったのです。

「それから、彼らはエリコにきた。そして、イエスが弟子たちや大ぜいの群衆と共にエ

リコから出かけられたとき、テマイの子バルテマイという目の不自由なこじきが、道ば

たにすわっていた」(マルコ10:46)エリコの町の郊外にバルテマイという目の不自由な人

が、こじきをして道ばたに座っていました。そこへ、イエスさまと弟子たち、大勢の群

衆が通りかかったのです。バルテマイは、「ナザレのイエスが来られた」と言う人々の声

を聞いて、大声で叫び始めました「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください」。

 

多くの人は彼をしかって黙らせようとしました。しかし、バルテマイは、そのような周

囲の圧迫に屈せず、ますます激しく叫び続けました。イエスさまは、言われました「彼

を呼べ」。人々はバルテマイに言いました「喜べ、立て、おまえを呼んでおられる」。彼

は上着を脱ぎ捨て、踊りあがってイエスさまのところに行きました。古い上着を脱ぎ捨

てたのです。こじきをしていた古い自分を脱ぎ捨てて、新しい生涯が始まったのです。「踊

りあがって」という言葉は、すでにイエスさまから恵みを頂戴できるという確信の現れ

でもあります。イエスさま彼に言われました「わたしに何をしてほしいのか」すると、

彼はこう答えました「先生、見えるようになることです」そこで、イエスは言われた「行

け、あなたの信仰があなたを救った」すばらしいお言葉です。あなたがたに、彼のよう

な信仰があるのかと問われているような気がします。