2021、6、6      聖霊降臨節第3主日礼拝       牧師 川﨑善三

「悔い改めの実を結べ」                    マタイ3:1~12

 ヨハネは祭司ザカリヤの子として生まれました。その母はエリサベツと言い、イエス・

キリストの母マリヤと親戚であったと言われています。祭司の子であるヨハネは、その祭

司職を継ぐ者であったにもかかわらず、彼はイエス・キリストの来られる道を整える者と

して荒野に出ていきました。そして、バプテスマのヨハネと呼ばれるようになります。

「そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った『悔い改めよ、

天国は近づいた』」(マタイ3:1、2) 神さまは、いよいよ救いのみわざを成就するため、ひ

とりの人をユダヤ人のところに送り込んでくださったのです。それは、神の預言の成就で

もありました。「荒野で呼ばわる者の声がする『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせ

よ』と言われたのは、この人のことである」(マタイ3:3)

 彼の服装は、他の人々と比べて非常に異なっていました。「らくだの毛ごろもを着物とし、

腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた」ヨハネの装いからして悔い改めを

促すものでありました。ヨハネは、イエス・キリストの道備えをするため、また預言者エ

リヤの再来として遣わされたと言うことを自覚していました。

 ヨハネは、ヨルダン川でバプテスマを授けていました。すると、エルサレムとユダヤ全

土、ヨルダン川付近一帯の人々が、ぞくぞくとヨハネのところにきてバプテスマを受けま

した。ある時、ヨハネはパリサイ人やサドカイ人たちも彼の所に来て、バプテスマを受け

ようとしたので、彼らに言いました「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、お

まえたちはのがれられると、だれが教えたのか。だから、悔い改めにふさわしい実を結べ」

(マタイ3:7)ヨハネの言葉は辛辣でした。パリサイ人やサドカイ人も、世の終わりの神さま

の審判について信じていました。彼らはヨハネからバプテスマを受けることによって、神

の怒りを免れることができるなら、バプテスマを受けておこうと言う気持ちでやってきた

のです。ヨハネは彼らの悔い改めが口先だけであり、真実の悔い改めでないことを言い当

てたのです。この時、だれかが、悔い改めの実を結ぶと言うことはどういう事かと尋ねま

した。ヨハネは言いました「下着を二枚持っている者は、持たない者に分けてやりなさい。

食物を持っている者も同様にしなさい」。取税人には「きまっているもの以上に取り立てて

はいけない」と言い、兵卒には「人をおどかしたり、だまし取ったりしてはいけない。自

分の給与で満足していなさい」と言いました。豊かな人々は貧しい人々に分け与え、不正

や恐喝をしている人々には、そのような悪いことをしてはいけないと、ヨハネは言ったの

です。これが、悔い改めにふさわしい実を結ぶと言うことです。 悔い改めにふさわしい

実を結ぶと言うことは、その生活が変わることです。わたしたちは地上のものに執着しな

いで、天にあるものを求めるべきです。まず、神の国と神の義とを求めなさいとあるとお

りです。変わっていくこの世のものに、心を奪われないようにしましょう。変わることの

ない、永遠の御国を慕い求めてまいりましょう。「主は近い」からです。