2021、6、27      聖霊降臨節第6主日礼拝       牧師 川﨑善三

「良い実を結べ」                      マタイ7:15~23

 イエスさまは弟子たちにお話になると共に、集まって来る大ぜいの人々にもお話になり

ました。山上の垂訓と呼ばれるイエスさまの説教は、群衆に向かって話された説教をまと

めたものです。「にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着て、あなたがたのところに来

るが、その内側は強欲なおおかみである」(マタイ7:15)イエスさまは、教師と呼ばれる人々

を預言者と呼びました。神さまに代わって神の御言を語る者であるという意味です。しか

し、教師または預言者と呼ばれる人々が、みんな真実な者ではないと言われたのです。彼

らは、その表面は羊のような装いをして、あなたがたの所に近づいてくるが、その内側は

おおかみのような人々である。あなたがたを餌食にしようと近づいてくると、言われたの

です。彼らが、たくみな変装をして近づいてきても、その偽りを見抜く方法があります。

その見分け方は、その実を見ることです。茨がぶどうの実をみのらせることはできません。

あざみがいちじくの実をみのらせることができるでしょうか。「そのように、すべて良い木

は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」のです。その人の心が清く、真理と光と愛に満

たされているならば、おのずから、その生活は清いものであり、愛と犠牲に満ちた生活を

送っているはずだと、イエスさまは言われるのです。その内側に偽りと貪欲、暗黒を宿し

ているならば、徒党を組む心、私欲に満ち、いつも悪いことを行おうとする生き方が、そ

の実になって表れるのです。良い実を結ばない木は、ことごとく切られて火の中に投げ込

まれてしまうのです。 

「それぞれの仕事は、はっきりとわかってくる。すなわち、かの日には火の中に現れて、

それを明らかにし、またその火は、それぞれの仕事がどんなものであるかを、ためすであ

ろう」(Ⅰコリント3:13)終わりの日には、それぞれの仕事がためされます。火でもって、

建てた家が残るかどうかがためされるのです。良い実を結ばない木は、ことごとく切られ

て火の中に投げこまれるのです。「わたしにむかって、『主よ、主よ』と言う者がみな天国

にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけがはいるのである」(マ

タイ7:21)神さまは人の行為を見るだけでなく、その心を見ておられます。口先だけで「主

よ、主よ」という者、その心が神を喜ばせる生き方をしていない者は、天国に入れないの

です。私たちは心へりくだって、神に従順な者でなければなりません。「その日には、多く

の者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したでは

ありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力

あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。そのとき、わたしは彼らにはっき

り、こう言おう『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』」イエ

スさまの名によって、こんな事、あんな事をしましたと言うでしょう。しかし、あなたは

神の栄光のためにそのことをしましたか。自分がほめられたいためにしたのではありませ

んかと、イエスさまは言われるのです。イエスさまにつながって、まことの良い実を結び

ましょう。