2021、7、4      聖霊降臨節第7主日礼拝      牧師 川﨑善三 
 「求めよ、捜せ」                     マタイ7:1~14  
                         

イエスさまは、いつも神さまの視点で物事を見ておられました。神さまがどういうこと

を、どういう角度からご覧になっておられるかということを考えながら、生きることは

大事なことです。「人をさばくな。自分がさばかれないためである。あなたがたがさばく

そのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えら

れるであろう」(マタイ7:1) 霊的に恵まれている人が陥りやすい罪です。その人の心の

中に愛と同情が欠如していること、そして、正しい知識のない事によって、人は安易に

他人をさばいてしまいます。このような人を、神さまは、審判の日に同じはかりで、そ

の人をさばかれますよと、イエスさまは言われたのです。

「イエスはオリブ山に行かれた。朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まっ

てきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。すると、律法学者たちやパリサイ

人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた」(ヨハ

ネ8:1~3) イエスさまは、エルサレムに行き、宮にはいられたのです。すると、人々が

みもとに集まってきたので、人々にお話をしておられました。そこに、律法学者たちやパ

リサイ人たちがやってきたのです。ひとりの女がひっぱられてきて、イエスさまの前に突

き出されました。「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。モーセは律法の中で、

こういう女は石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」

日頃から、神さまの愛を説き明かしておられるイエスさまを試そうとしたのです。イエ

スさまは彼らの訴えに、すぐにはお答えになりませんでした。イエスさまは、身をかが

めて、指で地面に何かを書いておられました。訴える人々の興奮が収まり、冷静に物事

の判断ができるようになるまで、沈黙をお守りになりました。そして、こう言われたの

です。「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」非常に重

いお言葉です。また、厳粛なお言葉です。一人去り、またひとりが去っていきました。

ついに、イエスさまだけになり、女は中にいるまま、その場に残されました。イエスさ

まは身を起して女に言われました「女よ、みんなはどこにいるのか。あなたを罰する者

はなかったのか」女は言いました「主よ、だれもございません」イエスさまは言われま

した「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」

 イエスさまのうちに神の愛がありました。神の愛があるならば、人をさばくのではなく、

人の罪をゆるす生き方ができるようになります。偽善者は、人をさばくのが得意です。自

分を責めることには寛大であるとイエスさまは言われました。

 神の恵みと祝福は、どのような人に与えられるのでしょうか。「求めよ、そうすれば、与

えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あ

けてもらえるであろう」(マタイ7:7)切実に、それを慕って求めているかであります。しか

し、神の恵みをそのように求める人々が、どれだけいるであろうかとイエスさまは言われ

るのです。