2021、8、29      聖霊降臨節第15主日礼拝     牧師 川﨑善三

「天国は」                       マタイ13:44~57

 イエスさまは、天国のことを人々にお話になりました。

「天国は、畑に隠してある宝のようなものである」(マタイ13:44)ユダヤ人の中には、自

分の宝を畑に隠す人がいたようです。治安の悪い昔は、宝を家に持っていることは危険な

ことでした。そこで、人知れず、畑に隠すということがあったようです。もちろん、かけ

がえのない宝の隠し場所を人に教えることはありません。やがて、隠した人が死んでしま

いました。すると、畑の中の宝物は、だれのものになるのでしょうか。ある時、その畑を

耕作する人が偶然にその宝物を見つけました。その畑は、その人のものではありませんで

したので、その人は自分の持ち物をみな売り払って、その畑を買い取りました。そして、

畑の中の宝物は、その人のものになったというのです。天国はそれぐらい尊いものであり、

価値があるというのです。イエスさまが、富める青年に自分の持っているものをみな売り

払って貧しい人々に施して、わたしに従ってきなさいと言われたのも、天国はそれほど尊

いものですよと教えようとされたのかも知れません。

「天国は良い真珠を捜している商人のようなものである」(マタ13:45)ユダヤ人は宝石の

類を持つことによって、身の安全を確保しようとしました。現代は、金が財産の基本とさ

れていますが、イエスさまの時代は真珠がそれにあたりました。養殖の真珠ではなく、天

然の真珠は、そんなに数があるわけではありません。商人は、価値のある真珠を求めて世

界に出て行きました。紅海の島々、インド、遠くはインドシナの国々にまで、真珠を捜し

求めて出かけていきました。そして、とうとう世界でひとつしかないような真珠を見つけ

たのです。その商人は自分の持っているものをみな売り払って、その真珠を買いました。

天国とはそういうものであると、イエスさまは言われたのです。「自分の持っているものを

みな売り払って」と言うぐらい価値があるということです。

 パウロも天国という宝を見つけた時、自分の持っていたものをすべて捨てたと言いまし

た。わたしは誇りとするものをたくさん持っていました。「わたしは八日目に割礼を受けた

者、イスラエルの民族に属する者、ベニヤミン族の出身、ヘブル人の中のヘブル人、律法

の上ではパリサイ人、熱心の点では教会の迫害者、律法の義については落ち度のない者で

ある」パウロは、たくさん誇りとするものを持っていました。しかし、イエス・キリスト

を知って、これらのものをすべて捨てました。今では、ふん土のように思っていると言い

ました。商人が高価な真珠を見つけたときのように、農夫が畑の中の宝を見つけたときの

ように、自分の持っているものをみな捨てて、この宝を自分のものにしようと思ったので

す。わたしたちは、天国の価値をあまりにも知らなさすぎるのではないでしょうか。

この宝物をしっかり握って、進んでまいりましょう。