2024、3、10       受難節第4主日礼拝        牧師 川﨑善三

ベタニヤ村のマリヤが、イエスさまに香油を注ぎかけた出来事です。聖書には、香油についての話が二か所出てきます。(ルカ7:36~47)

あるパリサイ人が、イエスさまを食事に招待したときのことです。イエスさまが食卓についておられた時、その町で罪の女と言われていた人が、香油の入れある石膏のつぼを持って来て、泣きながらその足もとに近寄り、涙でイエスさまの足を濡らし自分の髪の毛でぬぐいその足に接吻して香油をぬりました。イエスさまを招いたパリサイ人は心の中で、こう思いました。「なぜ、イエスさまはこの女のするがままにさせているのか。イエスさまが預言者であるなら、この女がどんな女かわかるはずだ」。イエスさまはこの人に言われました「シモン、シモン、あなたに言うことがある。ある金貸しが、ふたりの人に金を貸した。ひとりは五百デナリ、ひとりは五十デナリ。ところが返すことかできなかったので、金貸しは二人ともゆるしてやった。このふたりのうちでどちらが彼を多く愛するだろうか」シモンは答えて言いました「多くゆるしてもらった方だと思います」すると、イエスさまは言われました「あなたの判断は正しい」イエスさまは言われました「あなたはわたしの足を洗う水をくれなかった。ところが、この女は涙でわたしの足をぬぐい、髪の毛でふいてくれた。あなたはわたしに接吻してくれなかったが、彼女は家にはいった時からわたしの足に接吻してやまなかった。この女は多く愛したからその多くの罪はゆるされている。

少しだけゆるされたものは少しだけしか愛さない」

ベタニヤ村のマリヤも、イエスさまに香油を注ぎかけてイエスさまへの愛を現しました。この香りが、十字架上のイエスさまをどんなに励まし、慰めたことでしょうか。わたしたちは、キリストのかおりを放つ者として救われました。キリストの良きかおりを放っているでしょうか。