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2025,12、7 待降節第2主日礼拝 牧師 川﨑善三
「大いなる光」 イザヤ9:1~7
イエスさまがどれくらいの期間、伝道されたかを知るには福音書に出てくるユダヤ人の祭りによって、それを知ることができます。イエスさまの伝道された期間は、三年半くらいだったと言われています。「イエスはガリラヤを巡回しておられた」(ヨハネ7:1)神様の慰めは一番悲しんでいる人と共にあります。なんの楽しみもなく、希望もないガリラヤ地方の人々はイエス様の語られた言葉とそのしるしをみて、どれだけ大きな慰めと励ましと希望をいただいたことでしょうか。「しかし、苦しみにあった地にも、やみがなくなる。さきには、ゼブルンの地、ナフタリの地にはずかしめを与えられたが、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤに光栄を与えられる。」暗やみの中に光を見出したのです。ヘレンケラーは言いました。「あなたの顔を光に向けなさい。そうすれば、影を見る事が出来なくなります。」世の光であるイエスさまが私たちを照らして下さっています。そのイエスさまに顔をむけるならば、わたしたちは影を見る事はありません。
「苦しみにあった地にも、やみがなくなる。さきには、ゼブルンの地、ナフタリの地にはずかしめを与えられたが、後には海に至る道、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤに光栄を与えられる。暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。あなたが国民を増し、その喜びを大きくされたので、彼らは刈入れ時に喜ぶように、獲物を分かつ時に楽しむように、あなたの前に喜んだ。これはあなたが彼らの負っているくびきと、その肩のつえと、しえたげる者のむちとを、ミデアンの日になされたように折られたからだ。すべて戦場で、歩兵のはいたくつと、血にまみれた衣とは、火の燃えくさとなって焼かれる。ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、『霊妙なる義士、大能の神、とこしえの父、平和の君』ととなえられる。そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもって、これを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである。」(イザヤ9:1~7)
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