2026.4.12  礼拝説教   小野淳子

「愛されて生きる」   Ⅰヨハネ4:7~10

 初めて伺って御用をさせて頂く時には、いつも、このタイトルにて、私が迎えた「人生最良の日」の証しを含めたメッセージをさせて頂きことにしています。¥1967年9月8日(金)、私は岡大生3回生で、20歳の時でした。その時まで、「私はクリスチャンになどならないし、なれない」と、アンドレ・ジイドの『狭き門』を読んで思っていた者でしたが・・・何と、見事にクリスチャンとして、生まれ変わったのでした!

 1947年1月13日、私は、ど田舎にて誕生しました。岡山県南の今は倉敷市に合併していますが、昔は都窪郡庄村山地という、ど田舎でした。私が2才9カ月の時、両親は離婚し、母は実家の岡山市に帰りました。父は、まもなく再婚し、二人は新しい母の家で暮らすようになり、私は、父方の祖父母に育てられました。わがまま放題に育てられました。小学5年生と時、祖父が実母に会わせてくれました。岡山市内の母の姉夫婦の医院の薬剤師をしていた母と月に一回ほど市内のデパート、天満屋で会い、美味しい物を食べたり、欲しい物を買ってもらったりでしたが、生意気にも「心の話ができない。実の母子なのに?」と思い、「本当の愛とは?」と考えるようになり、さらには、近所で人が亡くなると、「人はどこから来て、何のために生きて、死ぬとどうなる?」との疑問が心の内に大きくなっていきました。私が19才の冬12月に、実母が癌で亡くなりました。42才でした。それまで心の内に大きくなっていた疑問は、叫びとなり、20才の誕生日を迎えてまもなくのある夜、家のそばの木の電信柱にもたれて、私は闇夜に向かって絶叫しました。」「人がどこから来て、何のために生きて、死んだらどうなるのか、知っている人がいたら、教えてほしい!!」と!誰もいませんでしたが、お一人、聴いていて下さいました。岡大教育学部・教員養成課程・油絵科の先輩に四国今治出身のクリスチャンの兄弟がおられて、ある日、黄色いチラシを見せてくれて集会に誘って下さいました。2月26日(日)の夜、天満屋5回会場でのスタンレー・ジョーンズ講演会でした。心がカラカラに渇いていた私は、「行きます」と答え、当日は、講師が豆粒のように見える2階の席に座りました。先輩はクワイアで歌っていました。通訳付きのメッセージでしたが、私は正直、ナンニモオボエテイマセン!夜が更けて、バスに乗り自転車に乗った瞬間でした!ふと、自分の心の中をのぞかせられました。

ワガママを初め恥ずかしい汚ない心!こんな者、誰も愛してくれないだろうし、自分だって愛せない。しかし、この私を20年間愛して下さり、今もこのままの私を愛していて下さる「大きなお方」がおられるんだ、「この方が神様?」と思った時、「私も愛されているんだ、愛されているんだ」と涙を流しつつ家に向かい、「この大きなお方を知るために、教会へ行こう」と決心し、次の日曜日、3月5日から、休まず通い、認罪が与えられ、心の底から清く生きたいと、洗礼を決心し、準備の時、即ち悔改めの日が定められました。1967年9月8日(金)夕方6時半でした。ヨハネの手紙第一 1章9節のみことばが牧師先生より読まれ、「では、神様の前に、おわびの祈りを」と勧められ、涙と鼻で、徹底的な悔改めをしていく中で、《十字架のキリスト》を仰いだのでした!心に思ったこと3つ。一つはこれで母のもとに行ける。二つ目は、本当に正しく生きるには、このキリストに従うこと。三つ目は、誰でも人生のどこかで、このキリストに出会わなければ、その人は滅びる!伝えなければ!との忘れがたいことでした。罪のゆるしの宣言、そして、Ⅱコリント5章17節のみことばの宣言により、みごとに新生の恵みを体験しました。この夜こそ、私にとって、「人生最良の瞬間」でした!救い主イエス・キリストと出会ったゆえでした!

 みことばを味わいます。

Ⅰ.愛の源泉。「愛は神から出ているのです。」(Ⅰヨハネ4・7)この神を知って初めて、愛がわかるのです。

Ⅱ.愛の方向。それは、一方的な愛です。ギリシャ語には「愛」を示す4つの単語があります。①エロス(男女の愛)②ストルゲー(親子兄弟、肉親の愛)③フィリア(友情)と、これらは人と人との間で、両方からの矢印があって初めて成立するのですが、もう一つが④アガペー(神の愛)です。まさに一方的な愛です。

Ⅲ.愛の深度。中心聖句の10節です。神は「ひとり子」(キリスト)を世に遣わして下さいました(9節)。その距離たるや測れない深さであり、ひとり子ご自身は、その《いのち》を投げ出して下さいました。「人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」(ヨハネ15:13)アーメン!