2026.5.10        礼拝説教      牧師 工藤弘雄

「その信仰に倣いなさい」    ヘブル13:7~8

 昨秋、私は『松江バンドの歴史と信仰―バックストンの日本宣教の意義―』をいのちのことば社から出版しました。執筆するなかでバックストン先生始め、その弟子たちの生きた信仰に触れることができました。「活水の群」の創始柘植不知人先生もその一人です。私たちに神のことばを語られたこうした指導者たちをいつも深く覚えましょう。

ここでの勧めの核心は、彼らの「その信仰に倣いなさい」です。指導者たちの人格、生涯、奉仕などすべてが生み出されたその信仰です。ゴッドフレー・バックストン先生はご尊父のB・F・バックストン先生の伝記を『信仰の報酬』という書名で出版しました。バックストン先生の生涯は、彼の献身や犠牲によるものではなく、ただ幼子のようにまったく主を信じ、頼り、委ねたその「信仰」に対する「報酬」であったというのです。このことは柘植不知人先生においても言えることです。では、バックストン先生や柘植先生らの「松江バンドの信仰」の特徴、強いて言えば「活水の群」の信仰の特質とは何でしょうか。

第一は、「聖書信仰」です。それは聖書を全部分、一言一句まで聖霊の霊感によって記された神のことばであると信じる信仰です。さらにそれは、語ること、書くこと、祈ること、生活すること、奉仕することの全部分が神のことばによって生きる信仰と言えるでしょう。まさに聖書を神のことばと信じることは聖書を通して語られる神を信じる信仰です。先生方は聖書を通して語られる神を信じ、その神のことばにより全生涯を貫いたのです。柘植先生の説教はまさにその通りでした。先生の「活水」誌の説教を読むと、すべてが聖書からの講解であり、聖書をそのまま体験的に生き生きと説き明かしたものでした。そうした説教を読むと先生がどれほど日々聖書を読んでいたか、学んでいたかが分ります。さらに祈りにおいても、すべての働きにおいても、いかにみことばの約束に立ち、みことばに従う生き方をなさっていたかも分ります。

私たちもこの生き生きとした実践的な聖書信仰に生きたいものです。日々の聖書通読、聖書の学び、祈りや生活、奉仕や行動のすべてが、「神のことば漬け」と言った信仰者にさせていただきましょう。

第二は、「贖罪信仰」です。バックストン先生方の「松江バンドの信仰」は徹底した贖罪信仰でした。先生方は主イエスの十字架の贖いのみわざとその恵みに徹底して生きていました。柘植先生もその最たる者の一人です。ですから「御子の御血潮を崇める信仰」こそは「活水の群」の特質でした。罪の赦しにおいて、罪のきよめにおいて、さらに古い自我性の磔殺において、徹底して御子の十字架とその血潮を信じ、その恵みに生きられました。ですから聖霊は豊かに働かれ、彼らを生かし、きよめ、彼らのうちに深く内住し、大きな動力となられたのです。

バックストン先生が、1937年(昭和12年)、最後的に来日されたとき、湊川伝道館での歓迎会の席上、開口一番語られた言葉が、「神の福音は御子イエス・キリストの血潮とペンテコステの聖霊であります」でした。まさに「血潮と聖霊」、「十字架と御霊」、「カルバリとペンテコステ」の福音です。

私たちも信仰生涯の初めから全生涯、贖罪信仰に生きたいものです。神のことばである聖書の中心メッセージは「神の御子の贖罪」にあるのです。ですから「聖書信仰」に生きることは、「贖罪信仰」に生きることでもあります。贖罪信仰に生きることは、換言すれば罪を徹底して御子の贖いによって退けることです。まさに柘植先生の回心、聖霊の傾注、その生涯すべてが徹底した贖罪信仰でした。聖書に書いてあるとおり、キリストが私たちの罪のために死なれたこと、葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえられたこと現われたことに立って、先生は生きられました。キリストの死と葬り、復活と顕現の事実に立ち、徹底して罪に死に神に生きる生涯、奉仕を貫かれたのです。

第三は、言うまでもなく「臨在信仰」です。聖書信仰と贖罪信仰に生きるとき、当然主の臨在は現実になります。この臨在の約束に立ち、この臨在が伴わなければ立ち行けませんとの自己の無能に徹し、臨在の主に生かされるとき、私たちの人格、生涯、奉仕すべてに主は豊かな実を結ばせてくださるのです。ゴッドフレー・バックストン先生がしみじみと語られました。「父の生涯は信仰の報酬でした」と。献身や犠牲でもない、まったく主に委ね、任せ、信じ、頼る幼子のような信仰!そこに神の大いなるみわざが現われたのです。「松江バンドの雲のごとき証人」も同様です。

 彼らが信じ仰いだ「イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることはありません。」「様々な異なった教えによって迷わされてはいけません。」

神のことばを語られた指導者をいつも思い起こし、その信仰に倣いましょう。