2018年元旦説教
「新 し く 生 ま れ る」
               ヨハネ3:1~8
                   川 﨑 善 三

 新年は何もかも新しくなって、一から始める事ができるという思いを、私たちに与えてくれます。私たちの心の奥には、人生をやり直すことが出来れば、やり直したいという願いがあるようです。ですから、すべての事を0に戻して一から始めるという思いになれる新年を喜んで迎えるわけです。去年までの嫌なことは、みんな忘れて新しい思いをもって一年を始める、こう考えることは良いことです。 「あなたがたは、さきの事を思い出してはならない。また、いにしえのことを考えてはならない。見よ、わたしは新しい事をなす」イザヤ四三・一八、一九)神さまは、私たちに過去のことにいつまでもこだわり続けてはならない、また、過去の栄光にいつまでも浸っていてはならないと言われるのです。毎日が新しい神のみわざであり、新しい出来事が起こってくるから、いつも、わたしを信じなさいと言われるのです。今年も、神さまが私たちにどんな新しい事をして下さるのか期待して、一日一日を過ごしていきましょう。
  さて、「新しくされる」ということがどれほど、すばらしいかを教えられたいと思います。イエスさまは公けの生涯に入られて、最初の奇跡をガリラヤのカナで行われました。結婚式でぶどう酒がなくなってしまったので、イエスさまが水をぶどう酒に変えて下さったという奇跡です。この奇跡を見てイエスの弟子となっていた人々は、イエスが神からつかわされた人であると信じました。それから、イエスさまは過越の祭でエルサレムに上られました。イエスさまがエルサレムに滞在しているとき、ひとりの人がイエスのもとに来て言いました「先生、あなたは神からつかわされた方であるに違いません。神がご一緒でないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません。」この人、ニコデモはイエスさまがエルサレムで行われた数々のしるしを見て、この人こそ神からつかわされた人だと信じたのです。いつの時代にも真実を求める人がいます。神さまが本当におられるならば、必ず私たちを助けて下さる、特に理由もなく苦しむ人々を捨てておかれるようなことはなさらないはずだと考える人がいます。ニコデモは、ユダヤ人の指導者であったので、世の中の不合理について深く憂える人であったのです。イエスさまは、ニコデモに、あなたはこれから神さまの働きを見ることができると言われました。そして神さまのみわざを見るには「新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」と言われました。新しく生れるという体験は、霊的なものです。それは人の力によるものではありません。神が、私たちを新しく生れ変わらせて下さるのです。それはご聖霊のお働きによるものです。私たちがイエスさまを信じて、罪を悔い改めるとき、ご聖霊は私たちを新しく生れ変わらせて下さいます。
 好地由太郎という人がいました。この人は人殺しをし、金を奪い、放火して逃げました。しかし、捕まって刑罰を受け服役している時に、獄中で聖書を読んで、イエスさまを信じました。そして、生れ変わって模範囚となり、恩赦を受けて世にもどり伝道者となって働きました。神さまが好地由太郎を、全く生れ変わらせて下さったのです。「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」新しく生まれ変わった人は、神のみわざがどんなものであるかがわかってきます。「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」(ヤコブ四・六)とありますが、神さまの祝福はどんな人の上にあるかが、新しく生まれ変わった人にはよく分かってきます。そして、へりくだるという事が大事なことだと教えられるのです。ニコデモは、この時イエスさまの言われたことを理解できたのかというと理解できなかったと言えます。しかし、それで彼はイエスさまを信じなかったかと言うと、わからないままに、イエスさまを信じました。ニコデモはイエスの弟子になりました。「新しく生まれる」ということが、私たちにとってどれほど大事なことであるかがわかったならば、私たちはいつもイエス・キリストにあって「新しく生れかわらせて」いただきたいと願います。