2018、11、25      降誕前第5主日礼拝      牧師 川﨑善三

「ダビデの即位」                                         サムエル記下  5:1~5

 聖書の中でダビデという人の存在は非常に大きいと言えます。まず、この人の名は新約聖書の一番最初に出てきます。「アブラハムの子ダビデの子である、イエス・キリストの系図」(マタイ1:1)ダビデは、イエス・キリストの先祖にあたる人です。今日はダビデのことをお話しします。「この日からのち、主の霊は、はげしくダビデの上に臨んだ」(サムエル記上16:13)ダビデが聖書に初めて出てくる個所です。この時、イスラエルの国にはサウルという王様がいました。サウルは、最初は謙遜な人でしたが、周囲の国々との戦いで勝利していったとき、心に高ぶりが生じました。そして、サウルは神の言葉に従わず、貪る心をおこし神さまに背きました。そこで、神さまは預言者サムエルに言われました「わたしはサウルを捨てて、イスラエルの王位から退けた。あなたはベツレヘムびとエッサイのもとに行きなさい。わたしはエッサイの子たちのうちにひとりの王を捜し得たからである」(サムエル記上16:1)サムエルはベツレヘムに行き、長老たちを招き、エッサイとその子たちも招きました。まず、長男エリアブが来ました。預言者はこの人を見て、この人こそ神が選ばれた人だと思いました。ところが、神さまはサムエルに言われました「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人と異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」この神さまのお言葉は大事です。私たちは外側の見栄えで、人の良しあしを判断するような所があります。人は見かけで判断するべきではありません。七人の子たちが、預言者の前に来ましたが、神さまは「この人たちは、わたしの選んだ人ではない」と言われました。やがて、八番目の息子がサムエルの所にやってきました。その時、神さまは言われました「立ってこの人に油をそそげ。この人が次の王となる人である」この日から、神の霊がダビデの上に臨み、彼はイスラエルの王となるために苦難の道を歩み始めるのです。ダビデは信仰の人で、目の前の敵を恐れるような所がありませんでした。ペリシテびとの大勇士ゴリアテと戦い、倒しました。サウル王はダビデの活躍をねたんで彼を殺そうとしました。ダビデはイスラエルの国から逃げ出し、外国にまで逃げました。ダビデの若き日は苦難の連続でした。ダビデは忍耐して忍耐して、神の時が来るのを待ちました。神さまはそのダビデを高くあげ、イスラエルの王として立てられました。イエス・キリスは神であられたのに人間としてお生まれになり、十字架の死によって私たちを罪から救い出して下さいました。それゆえに、神はキリストをよみがえらせ、すべてのものの上におき、王の王、主の主としてお立てになりました。ダビデの生涯はイエス・キリストの型です。私たちも謙遜に生きていくときに、神さまは栄光をあらわして下さいます。