2018、2、11              降誕節第7主日礼拝       牧師 川﨑善三

 「静まれ、黙れ」                        マルコ4:35~41

 イエスさまの周りには、おびただしい群衆が集まってきました。イエスさまは、その群衆に対して、譬をもって多くの事を教えられました。「イエスはまたも、海辺で教えはじめられた」イエスさまが海辺でお話しをされたのは、この時が最初ではなかったようです。イエスさまは舟に乗り、すわったままで陸地にいる群衆に向かって話されました。すわったままで話されるという事は、じっくりと時間をかけてお話しになったということです。
 まず、イエスさまは種まきの話をされました。種まきが種をまきに出て行った。道ばたに落ちた種は、鳥がきて食べてしまった。土の薄い石地に落ちた種は日が上ると焼けて、枯れてしまった。いばらの中に落ちた種は、いばらが伸びてふさいでしまったので実を結ばなかった。良い地に落ちた種は、はえて育って実を結び、三十倍、六十倍、百倍にもなった。多くの人は、この譬の意味がわかりませんでした。
 しかし、イエスさまは弟子たちに、この譬を説き明かして下さいました。「種まきがまいている種とは、神の言である。私があなたがたに語る教えは、神の言として語るものであり、この言葉には命があり、成長する力がある。この言葉をどう受け取るかによって、実を結ぶかどうかが変わってくる」と、イエスさまは言われました。イエスさまが語られた神の言は、よく耕やかされた地に落ちなければ、実を結ばないのです。石を取り除き、いばらを取り除いて耕やかすのです。
 イエスさまは、この難儀な仕事に携わろうとしておられたのです。伝道とは大変な仕事です。イエスさまは、最初から鍬をふりおろすと言うことはなさいませんでした。雑草を取り除くことから始められました。「イエスはこのような多くの譬で、人々の聞く力にしたがって、御言を語られた」(マルコ4:33)とは、そういうことを言っているのです。
 「さてその日、夕方になると」(マルコ4:35)海辺で群衆に話されて、そのときあかしを弟子たちにし、他にもいろいろ話されて、その日一日が終わり、夕方になったと言うのです。ずいぶん長い一日でした。イエスさまは弟子たちに「向こう岸に渡ろう」と言われました。弟子たちはガリラヤ湖の漁師でした。夜通し、舟を漕いで向こう岸にいくというような事は経験ずみです。ところが、その日はいつもと違っていました。激しい突風が起り、波が舟の中に打ち込んできて、沈みそうになりました。ところがイエスさまは、舳の方でまくらをして眠っておられました。一日中、群衆の聞く力に応じて、忍耐強く話されたイエスさまは、疲れ切っておられたのです。弟子たちは、イエスさまをゆりおこし、「先生、わたしどもがおぼれ死んでも、おかまいにならないのですか」と言いました。すると、イエスさまは起きあがり、風をしかり、海にむかつて「静まれ、黙れ」と言われました。そうすると、たちまち風はやんで、大なぎになりました。イエスさまは弟子たちに言われました「なぜ、そんなにこわがるのか。どうして信仰がないのか」神を信頼する心があるならば、嵐が起ってきても恐れることはない。
 信仰があるなら、激しい試練の中を通されても平安があるはずだとイエスさまは言われます。イエスさまは、心の中の嵐も静めて下さいます。