2018、2、4              降誕節第6主日礼拝       牧師 川﨑善三

 「いやすキリスト」                        マルコ2:1~12

 イエスさまの宣教の働きは、ガリラヤ地方のいたる所に広まっていき、たくさんの人々がイエスさまのことをうわさするようになっていきました。イエスさまは「時の人」として人々の 注目を集めるようになっていたのです。カペナウムの会堂を出ると、ヤコブとヨハネを連れてペテロの家に行かれました。ところが、ペテロのしゅうとめが熱病で寝ていました。すると、イエスさまは彼女が休んでいる所に行き、その手をとって起こされました。彼女は病が癒され、体に力がみなぎってくるのを感じ、起きあがって接待しました。しゅうとめは癒されたのです。
 たちまちのうちに、イエスさまが人々の病を癒し、汚れた霊を追い出す権威と力のあることが多くの人に知られるようになりました。この事が人から人へと伝えられていき、人々はイエスさまの所に殺到するように集まってきました。「夕暮になり日が沈むと、人々は病人や悪霊につかれた者をみな、イエスのところに連れてきた」(マルコ1:32)イエスさまの癒しのわざは、カペナウムの町での出来事として記録されています。そのあと、イエスさまは弟子たちに言われました「ほかの、附近の町々に行って、そこでも教を宣べ伝えよう。わたしはこのために出てきたのだから」(マルコ1:38)イエスさまは、まず新しい教えを人々に宣べ伝えるためにやってきたと言われます。病気を癒す、恵みのわざはそれに伴って表された神の憐れみのしるしです。神の教えが先で、癒しはそれに続くものです。
 ガリラヤ地方をゆきめぐられて、イエスさまは神の教えを宣べ伝えられました。そして、幾日かたって、カペナウムに帰って来られました。家におられるといううわさが立ったので、多くの人が集まってきました。中はいっぱいになり、戸口のあたりまで人々が集まり、すきまもないほどになりました。
 そんな所に、ひとりの中風の人が床に乗せられてやって来ました。何人かの人々が、この人のために協力して連れてきたのです。この人々は何とかして病が癒されることを強く願っていました。ですから人がいっぱいで中に入れなくても諦めませんでした。その家の屋根にのぼり、屋根をはぎ、穴をあけて中風の人を寝かせたまま、床をつりおろしました。「イエスは彼らの信仰を見て」信仰は外から見て、見えるということです。イエスさまは中風の人を連れてきた人々の信仰をご覧になりました。イエスさまならば癒して下さるという彼らの信仰を見抜かれたのです。そして、言われました「あなたの罪はゆるされた」ユダヤ人は病気になったり、わざさわいをこうむるのは、その人の罪の結果であると考えていました。ですから、弟子たちも目のみえない人を見て、「この人が生まれつき目が不自由なのは、だれが罪を犯したのですか。本人ですか。それとも、その両親ですか」と言ったことがあります。そのようなユダヤ人の考えに対して、イエスさまはこう言われたのです。「子よ、あなたの罪はゆるされた」イエスさまは、私たちの罪をゆるすためにこの地上に来て下さいました。これが最も大事な事です。
 イエス・キリストには罪をゆるす権威が授けられています。「あなたの罪はゆるされた」私たちも、まず罪のゆるしを宣言する、このお言葉をいただきましょう。