2018、4、15       復活節第3主日礼拝        牧師 川﨑善三

「よい羊飼い」                        ヨハネ10:7~18

イエスさまはご自分のことを羊飼いであると言われました。ユダヤ人にとって、羊は身近な家畜であり、羊飼いも身近な人々でした。イエスさまの誕生の際に、羊飼いが登場します。天の使は、羊飼いたちの所につかわされて言いました「きょうダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生れになりました」イエスさまは、この話を母マリヤから聞いたことでしょう。あなたの誕生を、最初にお祝いしてくれた人々は羊飼いであったと。そして、イエスさまは、幼い頃から羊飼いに興味を持ち、彼らがどんな人々であるかをよく知っておられたと思われます。羊飼いは羊を守り、羊を飼い育てることに一生を捧げている人々です。盗人が来て羊を奪います。そのために、羊の番をしなければなりません。24時間、羊と共にいて守らなければなりません。そして、緑あふれる牧場に連れ出して牧草を食べさせます。遠くまで連れ出した時には、家に帰ることができず野宿をしなければなりません。そんな時、警戒しなければならないのは野の獣です。夜の夕闇にまぎれて、おおかみやライオンやくまが襲ってきます。そのような猛獣と戦って、羊を守るのが羊飼いです。旧約聖書に出てくるダビデは、羊飼いをした経験があります。ダビデはこう言いました「わたしは父の羊を飼っていましたが、ししやくまが来て、群れの小羊を取った時、わたしはそのあとを追って、これを撃ち、小羊をその口から救い出しました。その獣がわたしにとびかかってきた時は、ひげをつかまえて、それを撃ち殺しました」いとも簡単そうに、ダビデは言いますが、よく考えてみれば、これほど度胸のある人はいません。素手で猛獣と戦って勝ったと言っているのです。しかし、ダビデは自分の力でそんなことができたとは言っていません。「神さまがわたしをししのつめ、くまのつめから救い出して下さったのだ」と言っています。また、ダビデは神さまがわたしの羊飼いであって、わたしはいつも神さまから守られ、愛されていると言いました。その感謝のことばが詩篇23篇です。「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない」(詩23:1)イエスさまとダビデは、共に羊飼いの働きについて共通の理解を持っていたことがわかります。よい羊飼いは羊を命がけで守ります。獣が襲ってきたならば、命がけで戦いました。そして、羊に命を得させるために緑豊かな牧場に導きます。私たちはイエスさまのあとに従っていくならば、豊かな命にあずかることができます。恵まれたクリスチャンとは、いつも神さまに感謝することのできる人です。また、どんなことがあっても、神さまを信じることのできるクリスチャンが恵まれた人と言えます。また、群れから迷い出る羊を探して、羊飼いは野をめぐり、山に登り、谷底に落ちていないかと捜し歩きます。そして、見つかったなら、喜んでその羊を肩に乗せて、家に帰ってきて友人や隣人に言います「さあ、皆さん喜んで下さい。いなくなっていた羊を見つけましたから」羊飼いであるイエスさまに従って行くならば、私たちは乏しいことがありません。