2018、4、22      復活節第4主日礼拝        牧師 川﨑善三

「新しいいましめ」                     ヨハネ13:31~38 

最後の晩餐の席上どんなことがあったのでしょうか。過越の祭の前に、イエスさまは弟子たちと共にエルサレムに入り、二階の広間を借りて弟子たちと集まりを持ちました。この時、すでにイスカリオテのユダの心の中には、イエスさまを裏切ろうと言う思いがありました。ユダはチャンスがあれば、祭司長たちの所へ行って、イエスさまの居所を密告し、銀貨三十枚をもらう手はずになっていました。イエスさまはそのことをご存知でした。その上で、弟子たちひとりびとりの足を洗って下さいました。もちろん、ユダの足も洗われたのです。イエスさまは、この世に残していく弟子たちを最後まで愛して下さいました。弟子たちの足を洗われて、彼らに言われました「わたしがあなたがたにしたことがわかるか。あなたがたはわたしを教師、また主と呼んでいる。しかし、主であり、教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである」イエスさまは弟子たちに、神を信じる人々はどのように生きるべきかを教えて下さいました。人の上に立って命令するのではなく、人の僕となって、人の足を洗うようにと言われるのです。やがて、食事が始まりました。イエスさまは心が騒ぎ、おごそかに言われました「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ろうとしている」ユダにおまえだと、直接言うようなことはされませんでした。イエスさまは最後まで、ユダの悔改めを期待しておられたと思います。ペテロがこの言葉を聞いて、ヨハネに合図をしました。「だれのことをおっしゃったのか、知らせてくれ」ヨハネはそのことをイエスさまに尋ねました。すると、イエスさまは答えて言われました「わたしが一きれの食物をひたして与える者が、それである」そう言って、一きれの食物をひたして、取り上げ、ユダにお与えになりました。その瞬間、サタンがユダにはいりました。ユダの心が定まったのです。「ユダは一きれの食物を受けるとすぐに出て行った。時は夜であった」夜はサタンの働くときであると、イエスさまは言われました。「わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると、だれも働けなくなる」(ヨハネ9:4)    
   「時は夜であった」という言葉は象徴的です。ユダが出て行ったあと、イエスさまは最後の説教をされました。「今や人の子は栄光を受けた。神もまた、彼によって栄光をお受けになった」ユダの裏切りによって、イエスさまの身に起ろうとすることは決定しました。十字架の道が定まったのです。イエスさまの十字架は、世の人々から見れば屈辱の死であり、敗北のように見えたでしょう。しかし、霊の目においては栄光の死でありました。恵みと真理、愛と義を表しているのが、イエスさまの十字架です。神さまは、罪は罰せられ、審かれなければならないと言う事を示されると共に、あなたがたの罪をゆるすためにひとり子イエスを十字架につけ、罪をゆるすと言われます。あなたがたをそれほど愛していると示されたのです。最後に、イエスさまは言われます「互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい」