2018、4、8       復活節第2主日礼拝         牧師 川﨑善三

「復活顕現」                       ヨハネ20:19~29

 キリスト(救い主)がよみがえること、それは旧約聖書に預言されていることでした。しかし、それがどういう形で実現するのかは、誰にもわかっていませんでした。死人のよみがえりについて、誰もそのようなことが実際に起るとは考えていなかったので、実際にその事が起った時、その目撃者たちは信じられない思いでいっぱいでした。もしかしたら、夢でも見ているのだろうかとみんなが思ったことでしょう。しかし、実際にそのような事が起こったのです。イエスさまが十字架にかかられて死に、墓に葬られたのは金曜日の夕方のことです。そして、三日目の日曜日の朝早く、女たちは墓に急ぎました。そこで彼らの見たものは、空っぽになっていた墓と、墓の中にイエスさまの体をまいてあった亜麻布がまかれてあり、頭を巻いていた布は離れた場所にくるめられていました。マグダラのマリヤは墓の外で泣いていたのですが、復活の主はマリヤに声を掛けて下さいました。その日の午後、エマオという村へ向かっていたクレオパともうひとりの弟子に、主は現れて下さいました。それからペテロにも現れました。そして、その日の夕方、弟子たちはひとつ所に集まり、戸を固く締め、誰ひとり自分から話す者もなく、黙りこんでいる所に、イエスさまが入ってこられて、彼らに向かって「安かれ」と言われました。そう言って、手とわきとを彼らにお見せになりました。弟子たちは主を見て喜びました。イエスさまは、よみがえられたのです。ここで、復活と生き返るということは違うという事を考えてみましょう。「イエスは娘の手を取って、呼びかけて言われた『娘よ、起きなさい』するとその霊がもどってきて、娘は即座に立ちあがった」(ルカ8:54,55)会堂司のヤイロは、イエスさまの話を何回も聞いていました。彼はイエスさまを信じるようになっていました。しかし、ユダヤ人のてまえ、信仰を告白するまでには至っていませんでした。隠れ信者であったわけです。しかし、彼の娘が死にかかっていたので、イエスさまに娘を助けて下さいとお願いしました。イエスさまは娘を生き返らせて下さいました。この出来事は死んだ人間が生き返ったという奇跡です。しかし、何十年かたって、娘は死んだことでしょう。死人が生き返ったという奇跡は、他にも二つあります。ナインという町のやもめのひとりむすこが生き返りました。それからベタニヤ村のラザロが生き返ったことです。しかし、ナインのひとりむすこもラザロも、そののち死んでしまいました。彼らは生き返ったのであり、よみがえったのではありません。しかし、イエスさまはよみがえられたのです。弟子のトマスはその手の釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、わたしの手をそのわきにさし入れて見なければ、決して信じないと言いました。弟子たちの中にもいろいろな人がいます。信じやすい人と疑り深い人がいます。しかし、神さまはその両方に、それぞれに応じて語りかけて下さいます。八日ののち、イエスさまはトマスに現れ、手とわきをお見せになって言われました「信じない者にならないで、信じる者になりなさい」。イエスさまはよみがえられました。トマスのように見なければ信じないと、言わないようにしましょう。