2018、5、13        復活節第7主日礼拝       牧師 川﨑善三

「世のものでない人々」                   ヨハネ17:6~19

 イエスさまは弟子たちに別れの言葉を述べられました。わたしは去っていくが、別に助け主が来て下さり、あなたがたを教え、導き、助けて下さるであろうと言われました。そして、父なる神さまにお祈りをされました。「これらのことを語り終えると、イエスは天を見あげて言われた」(ヨハネ17:1)この祈りは、イエスさまの大祭司としての祈りです。主イエスは弟子たちのために祈って下さいました「わたしは、あなたが世から選んでわたしに賜った人々に、み名をあらわしました。彼らはあなたのものでありましたが、わたしに下さいました。そして、彼らはあなたの言葉を守りました」(ヨハネ17:6)   クリスチャンは神さまがこの世から選んで下さった人々であると、イエスさまは言われました。聖書は、「この世」という言葉をこう説明しています。やがて将来、神の国が現われるまでの世界という意味で用いられるときがあります。神の国が現われるときが「来るべき世」であり、それまでの世界が「この世」であるというのです。ですから、イエスさまはこう言われました「あなたがたは今この時代では家、兄弟、姉妹、母、子および畑を迫害と共に受け、また、きたるべき世では永遠の命を受ける」(マルコ10:30)
 この世は、不品行、貪欲、略奪、偶像礼拝がはびこる社会であり、悪の霊によって支配されていると言うのが、聖書の教える「この世」の実体です。クリスチャンはこのような邪悪な世界から、神さまによって選ばれ、救い出された人々であるとイエスさまは言われました。それでは、どうして私たちはその尊い救いにあずかることができたのでしょうか。「彼らはそれを受け、わたしがあなたから出たものであることをほんとうに知り、あなたがわたしをつかわされたことを信じるに至ったからです」(ヨハネ17:8)クリスチャンは、イエスさまが神からつかわされた救い主であると信じています。弟子たちも信じていました。しかし、祭司長、民の長老たちは信じていなかったのです。信じるということが、どれほど幸いなことかを私たちは知らされます。イエスさまは、まもなくこの世を去って父のみもとに行かれます。しかし、弟子たちはこの世に残らなければなりません。そこで、イエスさまは弟子たちのために祈って下さいました。「わたしはもうこの世にはいなくなりますが、彼らはこの世に残っており、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに賜った御名によって彼らを守ってください」(ヨハネ17:11)この世に残される弟子たちには、イエスさまから託された使命があります。「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。信じてバプテスマを受けるものは救われる。しかし、不信仰の者は罪に定められる」(マルコ16:15,16)イエス・キリストを信じるならば救われると言うことを全世界の人々に宣べ伝えるのが、私たちの使命です。私たちと同じように、神によって選ばれた人々が福音のメッセージを聞きたいと待ち望んでいます。