2018、6、3      聖霊降臨節第3主日礼拝       牧師 川﨑善三

「主の命によって」                      民数記9:15~23

 イスラエルの人々が、いつごろ、エジプトの奴隷から解放されたかについては諸説があります。聖書によれば、ソロモン王の治世第4年からさかのぼること、480年とされています。ソロモン王の治世はBC970~931年ですので、出エジプトの出来事はBC1450年頃と言うことが推測されます。それでは、その時どんなことがあったのでしょうか。出エジプト記という名前は、ギリシャ語のエクソドスという語からつけられました。「出ていくこと」、「出発」という意味がこの言葉にあります。神さまがモーセを選び、エジプトの国で奴隷として虐げられていたイスラエルびとを救い、彼らを先祖の地カナンに連れ帰ろうとする物語が述べられているのが、出エジプト記です。モーセはレビ族の父と母の間に生まれました。母はモーセを見て、あまりにも可愛らしい赤ちゃんだったのでエジプト王の命令を無視して、3カ月の間、隠してこの子を育てました。その頃、エジプト王は「イスラエルびとに男の子が生まれたならば、みなナイル川に投げ込め」という命令を出していました。モーセは両親の愛によってかくまわれて育てられましたが、隠すことができなくなり、とうとう王の命令どおりにしなければならなくなりました。しかし、ここでも両親はこの子のためにパピルスで編んでかごを作り、アスファルトと樹脂を塗って赤ちゃんをその中にいれ、ナイル川の岸の葦の中に置きました。そして、その赤ちゃんの姉が遠く離れた所から見張っていました。その時、エジプト王の娘が川に降りてきて、そのかごを見つけました。パロの娘は、かごの中で泣いている赤ちゃんを見てかわいそうにと思いました。パロの娘は、この子を引き取って育てようと思いました。モーセはエジプトの王の家で育てられることになりました。「モーセはエジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、言葉にもわざにも力があった」(使徒7:22)エジプトにおけるあらゆる学問とは、その当時の最先端の学問を学んだということです。やがて、成人したモーセは自分がエジプトびとではなく、奴隷として虐げられているイスラエルびとの子であることを知りました。そして、同胞を救い出そうとしましたが、イスラエルびとはモーセを指導者とは認めませんでした。モーセの自信は、全く打ち砕かれてしまいました。そして、ミデヤンの地に逃れて行き、結婚し、ふたりの息子が生まれました。そして、80歳のとき、神の山ホレブで神さまがご自身を現されて、モーセをエジプトに遣わされました。神さまは、エジプトの国を罰し、イスラエルの人々をエジプトから救い出して下さいました。そして、荒野における日々が始まります。神さまは、荒野においてイスラエルの人々の信仰を訓練し、どんな時でも神に依り頼むことが一番大事だと言うことを教えようとされました。    「イスラエルの人々は、主の命によって道に進み、主の命によって宿営し、幕屋の上に雲がとどまっている間は、宿営していた」(民数記9:18)エジプトの国を出た次の年、正月の元日に幕屋が建てられました。幕屋の上に、主の臨在をあらわす雲がありました。その雲がのぼる時イスラエルの人々は道に進みました。とどまる時は彼らも宿営しました。「主の命によって」私たちの信仰生活も、まさにこのとおりです。あせらず、たゆまず主にお従いしていきましょう。