2018、9、23      聖霊降臨節第19主日礼拝      牧師 川﨑善三

「散らされる羊」                         マルコ 14:26~42

 イエスさまは、時にこれから起こることを予知して、弟子たちにそれを知らせるという事をされました。イエスさまが十字架につけられて死ぬと言うことは、父なる神から示されていました。そのことをイエスさまは、神から与えられた杯であると言われました。それと共に、これまで付き従ってきた弟子たちのことを、いつも心にかけて下さいました。最後の晩餐の席で、イエスさまは、色々なことを弟子たちにお話しになりました。そのひとつとして、イエスさまは弟子たちが試みられるという事を話されました。「シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ 22:31,32)このイエスさまの言葉には、興味深いことが示されています。目に見えない霊の世界で、サタンが神さまに、弟子たちをふるいにかけることを許して下さいとお願いしたというのです。神のゆるしを得てサタンは、弟子たちをふるいにかけました。しかし、イエスさまは弟子たちの信仰がなくならないように、特にペテロのために祈って下さいました。そして、最後の晩餐が終わって、ゲッセマネの園に行かれる途中でこう言われました「あなたがたは皆、わたしにつまずくであろう。『わたしは羊飼を打つ。そして、羊は散らされるであろう』と書いてあるからである」(マルコ 14:27)イエスさまは弟子たちにとって羊飼のような存在でした。そのイエスさまが弟子たちから取り去られようとしていました。イエスさまが捕えられたとき、彼らは手だしできませんでした。弟子たちは皆、イエスさまを見捨てて逃げ出してしまいました。サタンのふるいにかけられた弟子たちは、失格者になってしまいました。しかし、イエスさまの祈りは彼らを最後まで支えてくれたのです。弟子たちは、貴重な体験をしました。彼らはこの時、挫折体験をしました。人生で、悲しみと失意のどん底に突き落とされるという経験をしたのです。旧約聖書に、ヨナという預言者がいました。彼は神さまの命じられる言葉にそむいて、タルシシゆきの船に乗って世界の果てまで、神さまから逃げようとしました。しかし、神さまは嵐を起こして、ヨナに心を入れ変えるよう迫りました。ヨナは海に投げ込まれました。海に投げ込まれたヨナは大きな魚に、飲みこまれました。そして、ヨナは魚の腹の中で、神様にお詫びしました。預言者ヨナは挫折体験をすることによって、神さまに忠実に従う預言者となりました。神さまはどん底に落ちた弟子たちを引きあげて下さいました。「主はわたしを滅びの穴から、泥の沼から引きあげて、わたしの足を岩の上におき、わたしの歩みをたしかにされた。」(詩篇 40:2)失望、落胆、失意の中にあった弟子たちを、神さまは引き上げて下さり、その歩みをたしかなものにして下さいました。わたしたちも、お言葉を信じて立ちあがりましょう。